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Crumpet
 

  


クランペットは、イーストを使った
小さなパンケーキ。
もっちりとして、バターの風味豊か、
素朴にして味わいのある
冬のイギリスのお菓子です。


‘ 一日の生活の中でもっともうれしい瞬間の一つは、
午後の散歩から少し疲れて帰り、
靴を スリッパにかえ、
外出着をよれよれのゆったりしたいつもの不断着にかえ、
深い、ふわふわした肘掛け椅子に腰をかけて、
お茶がくるのを待つあの瞬間である。
が一番くつろいだ気持ちになるのは、
おそらくお茶を飲んでいる間であろう。’


   寒いこの季節、
すっかり冷えて帰宅した時は まず薬缶を火にかけます。
お湯が沸くまでの間に
急いで、うがいや着替え・・・
せわしなく動き回りながら、よく頭に浮かんでくるのがこの一節。
「ヘンリ・ライクロフトの私記」
‘冬’の章、第六節。
私記と言うからには、この人物が実在するかのようですが
ヘンリ・ライクロフト氏とは
あくまで作家、ギッシングが作り上げた人物。
デヴォン州に隠棲したライクロフト氏が
その豊かな自然の中で
四季折々の風景や、日々の思索ごとを
私記という形で残している、
という設定で綴られた作品なのです。


‘ 書斎にぷうんと漂うあのほんのりとした、
しかも滲み通るような芳香の甘美なことか。
最初の一杯にはいかに大きな慰めを覚え、
次ぎの一杯にはいかにしみじみとした味わいを覚えることか。
肌寒い雨の中を散歩した後なぞ、
一杯のお茶のもたらすしみじみした温かさはなんと素晴らしいものか。
(略)
午後のお茶の饗宴(と呼んでもさしつかえなかろう)を設けたことほど
イギリス人の家庭生活に対するすぐれた素質をはっきり示しているものはなかろう。’


パンケーキとはいえ、
クランペットは、朝食ではなく
午後のお茶の時間に楽しむ‘ティーケーキ’。
暖炉の火で熱して食べるのが伝統的な食べ方なのだそう。
 寒い日の午後、
ギッシングの描いたような、
ゆったりとした心持ちでお茶を前にし、
たとえば その傍らに、クランペット。
まさにこのお菓子こそ
‘イギリス人の家庭生活に対する素質’が形をとったような、
気取らないアットホームな食べ物ではないかしら、と思うのです。


*「ヘンリ・ライクロフトの私記」
ギッシング 作・岩波文庫

*(参考図書)
「イギリス菓子のクラシックレシピから」
長谷川恭子 作・柴田書店


(2006.1.08)
 

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