何かを待つ時間は楽しいもの。
とりわけ一年に一度しか巡ってこないクリスマスを待つ季節は
部屋の飾り付けや音楽、
または本などを傍らに
思い切り‘待つ楽しみ’に浸ります。
その楽しみは 英国の人々にとっては もちろんのこと。
イエス キリストの誕生を祝うという本来の意味だけでなく
クリスマスの持つあたたかで幸せなイメージは
寒さの厳しい北国に暮らす人にとって
暗く長い冬にともった ひとつの灯りのようなものなのでしょう。
クリスマスを待ちわびる思いは
私達が想像するよりも はるかに大きいようです。
そういえば10月末に訪れた英国は
すでにクリスマスの準備に浮き立っていました。
ヒースロー空港には ツリーが、
お店には クリスマスのデコレーションが
レストランでは クリスマスディナーの予約が・・・。
彼らもまた、当日だけでなく
‘待つ楽しみ’を充分に味わいながらその日を指折り数えるのです。
そんな英国のクリスマスを描いたのが
ミス・リードの「Christmas At Fairacre」という一冊。
英国の小さな町を舞台とした
クリスマスストーリーのオムニバス集です。
このペーパーバックを買ったのは8年前。
自分でもよほど嬉しかったのでしょう。
裏表紙に ‘1992年12月 京都’などと書き留めていて
それから毎年少しづつ この季節に読み
‘待つ楽しみ’を一層盛り上げてきました。
執筆活動に入るまで 教師として活躍していた作者のミス・リードは
鋭い観察眼でもって
人生のシビアな面や 人間の弱さを捉えていますが
その筆致はあくまでも 穏やかで やさしい。
物語の中にふんだんに取り込まれた
自然や生活風景の細やかな描写が
彼女の作品をより美しいものにし
読むものを幸せな気分にしていくれます。
そして誰の心にも懐かしい、心あたたまるクリスマスの風景が
センチメンタルにすぎることない絶妙な形で
そこには存在しているのです。
今年読んだ作品は
ともに主人に先立たれた、母と娘、
そして娘の幼い二人の子供が暮らす家に
イブの夜、珍客がやってくる話でした。
これから読む方のために、珍客の正体はあかしませんが
夜のひと騒動を終え 束の間の休息の後迎えたクリスマスの朝の風景は
それだけでとても印象的です。
窓を開けると冷たい風。
教会の鐘の音は冷気の中にくっきりと響き、
雪道についた足跡が遠く続いていきます。
ベッドルームまで届けられた一杯のお茶は
クリスマスならではの贅沢。
階下では小さな女の子が二人、
プレゼントのブルーウィロウの食器でままごと遊びに興じています。
彼女達の人生は決して順風満帆というわけでないのですが
それは本当に平和で和やかなクリスマスの風景。
クリスマスは冬という暗い季節にともった灯りというだけでなく、
人生という 時に孤独な長い道にともる 灯りなのかもしれない、
そんなことを思いながら
ミス・リードの一言、一言を噛みしめるのです。
クリスマスの朝、
少し陽も高くなった頃、
庭にはパンくずを求めて小鳥たちがやってきて
黄色い秋まきのジャスミンも壁を彩っています。
‘forerunner of the aconities and snowdrops
soon to come’
そう、そのジャスミンは春を告げる花々の先駆者なのです。
空を見上げ、冬の空気の中にもはっきりと感じられる春の息吹に
季節の確かな移ろいを受け止めるひととき。
こうしてクリスマスを‘待つ楽しみ’は
その日を境に、
春を‘待つ楽しみ’に引き継がれ
人々の希望はつながれてゆくのでしょう。
何かを待つ時間、それはとても楽しい時間なのです