13年間乗ってきた車を 父がとうとう買い換えた。
週末には狭いガレージで丁寧に洗って かわいがってきた車も
古くなり、色褪せ
さすがに年月の流れには勝てない衰えが目立ってきて
「そんな車 タイでも売れませんよ」なんて笑い話にされるほどだったという。
確かに白い車は いくらきちんと手入れをしてあげても
時と共に、どこか貧相な色落ちが免れない。
助手席の母も もう数年前から新車購入を促していたが
父は大切に手を入れながら、その古い車に乗り続けていた。
大切に車の命を守り、全うさせること。
それは父のポリシーであり、
また頑固で慎重な一家の大黒柱の選択でもあったのだと思う。
13年間。
今の日本にこれほど長く一台の車に乗る人は そう多くはいないだろう。
車はとても高価なものであるに関わらず、
新車は次から次へとでてきて、それが次々に売れてゆく。
意識して見てみれば、道行く車のほとんどが
新しいデザインの それなりに洗練された車だ。
乗る人達の生活スタイルや個性の数だけ 車の選び方、乗り方があるはずなのに
みんななんとなく同じで、乗る人の顔が見えてこない。
共通項は ほぼ一様に新しい、ということくらいで
どことなく無個性に感じるのは 私だけだろうか。
昨年の夏。
入退院を繰り返していた 父方の祖父を見舞いに
うだるような暑さの中、
私達夫婦と両親はそれぞれの車で病院へ向かった。
病院までは 高速道路で1時間。
それまでも何度もその道程を通っていた父の車に先導される形で
私達もついてゆく。
前方を走る父の車。久々に見るとその老朽具合は顕著だった。
その車を 追い越し車線の若くて元気な車がどんどんと追い越してゆく。
その様を見ていた私は 胸が熱くなった。
父の古い車に対して私の中である種の感慨のようなものが生まれ
確かにそこに彼なりの「個性」を感じ取ったからだ。
明らかに旧型のデザインの古い車。
でもそこには「気に入った車には精一杯愛情を注ぎ、とことん乗り尽くす」という
父の車哲学がしっかりと息づいていて
とても潔く、それは素敵だった。
そして「車はかわいがれば かわいがってあげるほど応えてくれる」と言いながら
あれこれと庭先で手入れをしていた父の言葉を思い出すと
「英国の人は古いものを大切に使うんだよ」など分かったふりで軽口をたたいても
まだまだそれを体現するに幼い私などにはとうてい追いつけない
本当の格好良さを感じずにはいられなかった。
そしてまた、13年という年月への感慨も、
私の胸を熱くした一因だった。
高校生だった私が、成人し、もうすぐ30を迎える
この13年という長い時。
その間に訪れたいくつかの家族の転機である
病気、進学、結婚、介護といったさまざまな大波を
父親として精神的、経済的にしっかりとフォローするためにも
彼は自分の車より優先させたものも多かったのでは、と
今 改めて思わずにはいられなかったからだ。
ローンで物は買わない、という堅実な彼の性格に
無邪気で身勝手な私の夢が助けられたことも少なからずあるはずだ。
私は決して自分の力だけで ここまで歩いてこれたのではないという事実の重みが
胸を一段と締め付けた。
秋口、とうとう祖父は他界した。
祖父の容態が急変してから 何度も何度も
真夏の高速を往復してくれた古い車も
さすがにもう限界に近づいてきたらしい。
「本当によく走ってくれた」
葬儀も終わり 落ち着いた頃、
父はそう言ってあの古い車で病院に通った夏を振り返り
そしてようやく新しい車を買う決心をした。
彼が新しく選んだのは ローバー75。
来年 定年を迎える父。
これまでの人生を重ねてきた大人が
これからの人生を紡いでゆくのにふさわしい
素晴らしい英国の車だと思う。
お金さえだせば 今はどんな車だって手に入る。
例えば20代の私にだって お金さえあればそれは所有できるかもしれない。
でも それを乗りこなせるかというと それは無理だ。
技術の問題ではなく、
それをどんな風に乗りこなせるか
自分にふさわしい選択ができる賢明さを持ち合わせているかを考えると
それは断然 無理なのだ。
しかるべきモノをしかるべき美しさで所有するには
決してお金だけでは手に入れることの出来ない条件があり
それにより 必然として所有する人間は選ばれているのだ、と思う。
とある記事の中でローバー75は
「50年以上生きてきた人間が自身の中に育んできた
大事な‘日の名残り’のようなものを感じさせる車」であると語られていた。
今、60を目の前にした父
ローバー75が素敵に乗りこなせるだろう。
古い車を手放す朝、父はいつもより念入りに車の掃除をし
母もそれを手伝ったという。
「これまで洗車の手伝いなどしたことなかったのに」と父は苦笑する。
最後の洗車をしながら 少ししんみりしている父と
念願の新車に喜んでいる母が目に浮かぶようだ。
いつだってちょっぴり見栄っ張りなオンナとしては
母の気持ちもよく分かる。
よくここまでオトコの頑固な車哲学につき合ってきたね、お母さん!
これからは助手席に座る気分もきっと違うね。
ROVER75が父と母二人の
これからの人生のよきパートナーとなりますように。