学生時代に読んだ遠藤周作の三部作、
「留学」は衝撃だった。
志も高く海を渡った三人の留学生が
西洋文化の壁の前で、無惨にまで打ちのめされる物語。
西洋文化とは、つまり、キリスト教文化だ。
文学、音楽、絵画、
いや、生活のあらゆることの、それはベースとなり
それを切り離しては 語れない。
‘東洋人のおまえには 理解できない’
フランス文学への熱い思いを胸に
必死に研究を続ける文学者の主人公が
そう冷たく言い放たれるシーンは
あまりに無情で せつない。
私も又、何度 壁を前に呆然としたことだろう。
足を踏み入れた英文科という世界。
その末端の末端をさぐり歩くような学生にさえ
壁の高さは歴然だった。
‘血で分かることはできない’
近づいても、近づいても
いつまでも どこまでも よそ者でしかありえない虚しさのようなものに限界を感じ、
物語の主人公達の気持ちと重なったこともある。
それでも 彼らのように
徹底的に打ちひしがれていないのは
おそらくまだ、とことん向き合っていないから。
そうなるのを恐れて
ギリギリのところで身を翻しているからなのかもしれない。
いくつもの憧れと挫折を繰り返しながら
その度に 何度もそういう思いに駆られてきた。
ケンブリッジ大学キングス・カレッジ合唱団の
「賛美歌集」には
イギリスという国をめぐる そんな自分史が
ぎゅっと詰まっている気がする。
その美しいハイムは 天からの光のように降りてきて
目を閉じると やわらかな声の連なりは
まさしく天上の心地。
どんな時もそれは、気持ちを一番穏やかな場所に導いてくれる。
壁の存在に往生していた頃は
他でもないキリスト教の音楽に安らぎを見出す自分に
矛盾を感じたりもした。
けれども、今は、思うのだ。
壁は 確かに ある。
確かにそれはあるけれど、
それが純粋な音楽として提示される時、
超えられるかどうかということは
もはや 問題ではないのかもしれない、と。
ただただ崇高で、心の奥に染み渡る美しい旋律は
何をも拒むことなく いつもそこに在る。
その音楽の真髄を私は血でわかり得ることは
もしかすると不可能かもしれないけれど、
それをも越えた美しさというものを
分かちあうことができるのではないだろうか、と。
*イギリスは世界的にも合唱水準の高い国です。
ケンブリッジとオクスフォードの各カレッジには礼拝堂があり、
それに所属している聖歌隊の水準は
とりわけ、その歴史と実績を誇ります。
15世紀に創立されたキングスカレッジ合唱団は
その中でも極めて素晴らしいものとして知られています。
キングスカレッジ合唱団の「賛美歌集」
HOLY, HOLY, HOLY (Favorite Hymns)
LONDON
*「留学」 遠藤周作 新潮社