まぼろしの、
今となってはそう表現して 懐かしく思い返すほかはないMerrion
House.
それはバッキンガム州の小さな街、ビーコンズフィールドにあった
JoとMartin一家の家、
そして世界中から集まった人々が家族のように集える
多分、英国最小の英語学校。
数十年前にMartinのお父様がはじめられたこの小さな学校も
昨年ひっそりとその歴史に幕を下ろしました。
何十年も住み続けた場所を離れ、新しい生活をはじめたい
そんな思い切った決断をした彼らに 笑顔で旅立ちのエールを送るべきなのでしょう。
でも、もうあの街にもどってもMerrion Houseはないのだと思うと
せつなく 胸が締め付けられるような気持ちにもなるのです。
「いつかは英国へ!」
英国に興味を持ちはじめた頃からの それは夢でした。
日本の学校で年を重ねて 専門的なことを学ぶにつれて、
その夢は大きく膨らみました。
特に私は18世紀の英国文化に興味があったので
語学だけではなく 専門分野の勉強も是非してみたいと思っていました。
語学学校というものを 少し経験していたこともあり
語学のみの留学は少し物足りない気もしていたのです。
ところが 学校を終え、英語を教える仕事を経験してしばらくすると
私の考え方は少しずつ変わっていきました。
今さら、ではなく 今だからこそ 語学自体をもう一度学んでみる意義があるかも、と。
今こそ語学を集中して勉強してみたい、と。
ただ 私には大きな希望がありました。
それは、留学の目的を勉強だけにするのではなく、
「英国で生活する」ということに
同じだけ重きを置きたいというもの。
長い間憧れていたイギリスというものを 季節を通じて
自分の肌で感じてみたい。
本当のイギリスを知りたい!
そしてようやく見つけだしたのが 理想の学校Merrion
House.
校舎は先生の自宅、生徒は多くて20人、同じ国の学生は制限されていて
英語だけでなく 英国の文化を学べるカリキュラム。
スイスの彫刻家 ローラ
イタリアの獣医の卵 マニュエラ
オーストリア軍のハンス
そして元気いっぱい同胞のナオコ・・・・
クラスメートはユニークで 刺激的。
平均年齢も30歳前後だったでしょうか。
しっかりとした計画の下おこなわれる授業は
十分 私の期待に応えてくれるもので
内容も多岐にわたっていました。
その朝一番のBBCニュースを録音したものが
教材になるなど
小さな学校ならではのタイムリーで気の利いた授業も
とても役に立ったものです。
また、午前と午後、一日二回
授業の合間には日の当たるラウンジでテイータイムがあり
Joが毎回ポットでいれてくれるお茶と
ココナツビスケットも楽しめるのです。
庭の緑が心地よく、目を休めたり おしゃべりしたり。
そして授業のはじまりと終わりはドラの音が
ゴーンと家中に響き渡る
そんなあたたかく家庭的な学校でした。
また ここは勉強をしただけでなく
私達の結婚のパーティーも行った場所、
ということでも思い入れはひとしおです。
Martinの運転するデイムラーが迎えにきた結婚式の朝、
「今日はあなたのお母さんの気持ちよ」といいながら
Joが手渡してくれた 手作りのブーケ、
式を挙げるTown Hallの前で
待っていてくれたクラスメートや先生。
あの日のことは、今でもしっかり覚えています。
式の後のパーティーでは、「きびだんご」まで登場したっけ。
そして、なにより思い出深いのはMartinとJoが
私達の結婚式でのWitnessを務めてくれたということでしょう。
Joのおじいさまは1945から1951まで英国首相を務められた
Clement Attlee.
由緒正しき家系で、それだけに仕事外にも社交等で超多忙。
それなのに あれやこれやと
私達のために心をくだいていただいたこと、
本当に感謝の気持ちでいっぱいなのです。
また、Mellion Houseのことを思うとき、
Wellingtonといういかにも英国らしい名のついた一匹の犬のことを
語らずにはいられません。
彼は黒い毛並みの美しい大きな犬で
人なつこいのに 人間との距離の取り方も知っている賢明さを
持ち合わせていました。
ある日 私はひどく苦しい状態にあって
あふれる涙を止めることができませんでした。
今思っても これまでの人生であれほどつらい思いをしたことがないほどの苦しみです。
気が付くと ラウンジのソファでただただ泣き続けていた私のそばに
彼がよってきて私をじっと見つめていました。
私は涙を拭いもせず 片手で背中をなで続けましたが
やがて更に感情が高ぶった私は 彼を抱きしめて大泣きを始めてしまいました。
彼はじっと 涙でぐっしょりぬれたままでいましたが
しばらくすると 私の腕をすりぬけて もう一度横に並び
私の頬をペロペロとなめはじめてくれたのです。
長年の友人に 慰められているような、
そこでは思い切り泣くことが許されるような
そんな安心感を彼は与えてくれたのです。
あの時の彼の目は忘れられません。
実は私はそれほど動物が得意な方ではありません。
でもそこで私が出会ったのは かわいい愛玩動物とは全く違った
一匹の友、Wellington.
犬をペットとしてではなく、コンパニオン(仲間)として扱う
イギリス人の気持ちがをかいま見た気がしました。
そこで学んだ世界中の人々に
かけがえのない時間を与えてくれたMerrion House.
ありがとう、
そして いつまでも心の中に・・・・・