あれはいったいどこの町だったのかも忘れてしまいましたが
とても印象的な窓に出会ったことがあります。
別段なんということはない、よくある木枠の開き窓なのですけれど
確か、8月のはじめで 北国の夏らしいさわやかな風が吹いている
本当に気持ちのよい休日の午後、
白いカーテンの裾を揺らすだけの 穏やかな風を誘いこむ古い窓、
田舎屋の二階にある ごく普通の窓です。
でも そこには確かに物語がありました。
それはその一枚の絵だけで 完結しているような物語であり、
また、窓の中への想像をいざなうファンタジーのようでもありました。
外と内をつなぐ窓、それは物語の舞台にはもってこい、
格子窓、オリエル窓、屋根窓、牛の目窓、フランス窓、絵窓、薔薇窓、十字窓etc・・・・・
造りもさまざまで それ自体決して大きく動くことはないのに
季節や日の当たり具合によって さまざまな表情をみせてくれる。
やわらかな光を通す春の窓も、雨だれを静かに受け止める夜の窓も
重厚なカーテンで覆われた開かずの窓も。
そういえばもう一つ、思い出深い窓がありました。
バースの住宅地、よく行く公園への道のりにあったあるお宅。
背の高い集合住宅の一階、
張り出し窓の内側には、人影もなかったのでつい歩幅を縮めて見てしまうのです。
小さな鉢植えや、色の褪せたロシア風の人形や、カードや写真立てが並べてある横で
いつも太った白い猫が座って、こちらを見ていました。
昼でも薄暗い部屋の奥から ほのかなルームランプのオレンジ色がもれていて、
それでもついぞ その灯りのもとで暮らしている人を見かけることはありませんでした。
もう何年も、何十年も すっとこのままなのだろうか、と思ってしまうような風景。
もしその窓を開けて室内へ入ったならば 今自分が立っている世界とは
違う空気がな流れているような、そんな窓。
もし、イギリスの町歩きがお好きで、
特別な建築物よりも もっと普通の暮らしに心惹かれるのであれば
こんな本はいかがでしょう?
美しい写真とともに、さまざまなイギリスの窓が丁寧に紹介してあるばかりではなく
文学や映画と窓とのストーリーが楽しめる一冊です。
*「イギリスの窓文化」
三谷 康之 著 開文社出版