Blue willow のある食卓
ーEveryday with Bluewillowーー
朝一番のミルクティー。 その優しい水色(すいしょく)を楽しみながら、 これから始まる一日への期待が高まります。 結婚をして引っ越し、妊娠と同時に又、引っ越し、 そして、子育てスタート。 この土地に 誰一人知る人はいませんでしたから 普段のおつき合いはどうしても子供中心、子供を介して、が多くなります。 けれども、出産して約3年。 自分を見つめ直す時間も出来てくると、 それだけではない人を求めはじめていました。 そんな時に出会った友人。 偶然、同い年の子供の母親同士ではあるけれど、 子供と関係ない所で出会っていたとしても、きっと仲良くなっていたでしょう。 民芸や古いものにも関心を寄せる彼女。 いつかこのウィロウのアンティークカップでおもてなしをしてみたい。 さあ、急いで準備しなくては。 支度が整ったらバスに乗って 県立図書館へ。 お誕生日が一ヶ月違いの息子さんと娘も大はしゃぎで 道中、椅子屋さんに寄ったり、特大豚まんを買ったり、 30分おきに、ケンカしたり! 子供同士、大人同士、子供達と大人達、 それぞれの会話が弾むことが、本当に嬉しい。 これほど充実した気分は、子育てが始まって実にはじめてだなあ。 (2004.11.7) |
玄関のチャイムがなり、 インターフォンのモニターごしに彼女の姿を見た時から 実は、あまり記憶がない。 大丈夫だとか、家族はとか、落ち着いたらね、とか。 そんな事を話したような、しないような。 気が付くと、私は彼女がくれた二つの柚子を持って立っていた。 新潟の実家から届いた楽しそうな葉書には 岡山に戻ってくる予定を、数日遅らせることにした旨書かれていた。 故郷を遠く離れたこの地に嫁いだ彼女にとって 久しぶりの帰省は、特別な毎日だったに違いない。 「明日は、海までピクニック・・・」 文面が笑っている。 その、まさに明日という日、新潟で大きな地震が起きた。 葉書の住所を辿って、冷や汗がでる。 書いても無駄と思いながらも、メールを打たずにはいられない。 誰だってそうだろうけれど、私は地震が恐い。 恐くて、恐くて、たまらない。 阪神大震災の恐怖が 未だ抜けないのだ。 ほんの少し揺れただけでも、心臓は大きく波打つ。 誰もが気づかないような揺れにも、体が敏感に、 異常なまでに敏感に反応する。 地震のことを思い出すと、常に揺れているような気持ちさえして 目眩のように、くらくらとする。 震源を遠く離れた京都で地震を経験した私でさえ そうだ。 あれから10年経っているというのに、そうだ。 直にその恐ろしさにさらされた人達のことを思うと その心の傷は想像に余りある。 避けることのできない天災は、本当に恐ろしい。 人間や、人間の築き上げてきた物は 自然の前でかくももろいのか、とやるせない思いに胸を焼かれる。 けれども。 けれども、それでも人々は、知恵を出し、力を尽くし、 たったひとつの奇跡にかける強さを持っている。 一歩一歩でも、明るい道を探り歩く強さを備えている。 涙を超えたところにある、その1つの事実に 私はただただ胸を打たれ、励まさされるのだ。 そして、今の自分にできることは何だろう・・・ 何かに突き動かされるように、考える。 誰にだって、何かしらすることはできる。 「1人の百万ポンド寄付よりも、百万人が1ポンドずつ」 英国ナショナルトラストの思想です。 お金や物資、それから助け合う気持ち。 それぞれが、それぞれに持ち寄って 大きな力になるならば! 数日後、新潟から無事を知らせるメールが届き その数日後、彼女は我が家の玄関に姿を見せた。 ただ驚き、ただ嬉しくて 私はどんな会話をしたのかも覚えていない。 なぜ彼女からそれをもらったのかも分からないまま 気が付くと、柚子を持って立ちすくんでいた。 眩しい朝の光が注ぐキッチン。 ウィロウの上で、何事もなかったようにのんびりと柚子は香り 流れてくるニュースは、依然 厳しい。 現実を乗り越えてゆきたいと思う。 希望をつないでゆきたいと思う。 (2004.10.30) |
手を触れてもいいですよ、と言われ その古めかしく 重い書物を開いては見るけれど 膨大なページ数に、ひたすら連なる文字。 特別な感慨が沸くというわけでもない。 むしろその厚み、存在感に 自分とそれらの距離を再確認するくらいだろうか。 米蔵を改造したティールームギャラリー。 あちこちに展示してあるのは、古い聖書だ。 さっと一巡すると、壁際の小さい丸テーブルに座った。 白髪の後ろ姿の女性が二人、視界に入る。 二人揃って、紺色のスーツ。 椅子に置かれたショルダーも 二つ揃って黒く四角い。 ごく、控えめな装いだ。 同席しているらしい他国の方達にも話されているのだろう。 ドイツ語訛りの英語が、時折、こちらの席まで聞こえてくる。 それは 決して流暢ではないけれど ゆっくりとフォーク動かし、コーヒーを味わいながらの とても心のこもった話しぶりで そこから生まれている言の葉たちが 場の空気を、温めているようにも感じられた。 やがて 私達のテーブルにも同じケーキが運ばれてきた。 飾り気のない、ごくシンプルなケーキ。 その堅実な感じが 目の前の二人の女性の印象とどこか重なる。 10月1日。 この日より倉敷で、公開ゼミナール「バッハの学校」〜バッハと聖書〜が始まった。 講義やリサイタルはじめ、興味深いプログラム。 聖書をほど遠く感じる私なのに バッハの音楽に これほどの親しみと安らぎを覚えるのはなぜだろう。 ごく個人的、感覚的な音楽とのつき合いの中に 理論の風を入れることで、何か新しい発見があれば嬉しい。 できる範囲で、私もこのプログラムに参加したいと思う。 帰り際、ティールームギャラリーのオーナーさんは あのお二方が、ゼミナールで教鞭をとられる方なのだと教えてくださった。 ようやく焼き菓子の美味しい季節がやってきましたね。 ウィロウも張りきって登場です。 実は ティールームギャラリーでのケンジツなケーキは そのほとんどを娘に食べられてしまったので、 近所の洋菓子店で買ってきた、栗の入ったバターケーキで 夜中にこっそりリベンジ!? BGMは もちろんバッハ。 バックハウスの演奏で、イギリス組曲、フランス組曲はじめ 端正で優美なピアノを・・・ それにしても、こういう一見なんてことのない焼き菓子ほど 自分で作るものと、プロとの差が歴然ですね。 見た目も、味も、似ているけれど、絶対に違う。 見えないところで、プロの堅実な仕事がなされているということでしょう。 (2004.10.2) |
バッキンガム州の封筒に入った結婚証明書。 それと同じくらい大切なのが、一枚の写真。 イギリスのお母さん、アンと私が ウィンザー城の石壁の前で笑っています。 この写真を撮ってから、結婚証明書を手にするほんのひと月の間に、 語り尽くせないほどの、大変なことが起こりました。 日本にいた婚約者の彼にも、家族にも それを言えずに、ぎりぎりまで問題を抱え込んでいた私。 苦しみを一番身近に見て支えてくれたのは 他でもない、アンでした。 仕事を休んで、私の手を握っていてくれたことも。 無事に結婚式を迎えられた時、 「奇跡みたいだわ」と 涙してくれた姿、 そして、結婚式の朝 沢山のリボンで飾られていた家の壁や庭の木々を 私は忘れることができません。 笑顔よりも、もしかすると涙を多くみせてしまったかもしれない・・・ だからこそ、二人して笑顔のこの一枚は 証明書と同じくらい、私の宝物なのです。 アンティークが好きだったアン。 キャビネットには ご自慢のコレクションが並んでいました。 ウィロウパターンのプレートも。(左写真、右下) 一見同じように見えても アンのお皿はスポード社のアンティーク。 私のものは ファクトリーショップで求めたもの。 格は違いすぎますが、惜しみなく普段使いにできるというもの。 秋一番、 今日は生クリームを加えた、リッチなスウィートポテトパイを! (2004.9.27) |
河田ヒロさんのイギリスへの愛情に満ちた優しい文章と、 センス溢れるイラストやコラージュが綴られた 「イギリス暮らしの雑記帖」は、私の愛読書。 どのページも、どのページも 思わず付箋したり、線をひいたりしたくなるほど うなずいたり、共感したり、胸の奥がきゅっとしめつけられる想いだったり。 イギリスの何に惹かれ、どこが好きなのか、という根本のところで 自分自身の気持ちと 近いものを感じてしまう・・・ 畏れ多くもそんなことを思っていた私に、 ヒロさんはこんな言葉をかけてくださいました。 ‘「イギリス」ってひとくくりにされますが、人それぞれに いろんな印象があって、 でもそれをまとめている鍵は、 ふしのさんも書いているように 「懐かしさ」だとあらためて思いました。’ 秋の夜長、というにはまだ少し早いけれど 今夜は、ウィロウの絵本と(キャンドルの後にぼんやり写っていますね。 こちらも いずれ紹介したいと思います) もうすでに何度もページをめくった ヒロさんの本をもう一度。 「イギリス暮らしの雑記帖 a Little piece of England」 河田ヒロ・KKベストセラーズ 巡り来る季節の中の、色、形、におい。 想像力と創造力に深く訴えかけててやまぬ、 その文物、自然、風景。 イギリスという国をつくるlittle piecesこそが なにより愛おしく、心を揺さぶってくる。 そんなイギリス暮らしです。 (2004.9.4) |