Blue willow のある食卓
ーEveryday with Bluewillowーー
梅雨入り。
まだおすわりのできない息子を後ろから抱くように支え 懐かしい絵本を開く。 押し入れの中から掘り出してきた 赤ちゃん絵本。 「いない いない ばあ・・・」 驚いた。 そのまんまなのだ。 声の抑揚、テンポ、 このシーンでこんなふうに声をかけた、 なんてことまで、 8年前とそっくり。 今も昔も、読んでいるのは紛れもなく自分自身なのだから 当たり前のことのようにも思うけれど ひと言読んだだけで ページを開かなかった長い年月など まるで存在しなかったような不思議。 時間軸は不確かだ。 自分の声を聞きながら 今、私の腕の中で絵本に手を伸ばしているのは 赤ちゃんの娘だと錯覚しそうになる。 本を閉じて、マンションの廊下にでた。 雨は小降り。 眼下の水路には、大きく、小さく、 水の輪ができては消えていく。 山の方に視線を移せば、中腹の小学校の教室には 蛍光灯がともっている。 「お姉ちゃんは、あそこにいるね。」 息子に声をかける。 山の緑はしっぽりと濃く、 ところどころ水蒸気に煙っている。 眺めていると 雨の日の蛍光灯そのものみたいに、 切ないような、やるせないような想いが じんわりと胸の奥ににじんできた。 口の中でほどける和三盆の甘み。 「雨音の調べ」には 雨の季節の風物詩をかたどったお干菓子と 雨そのものを表した銀色のアラザンも入っています。 (2010.06.18) |
夕食の支度の傍らで 簡単なプリンを作る。
食べごろに冷えた頃、 いつものラジオでショパンが流れてきた。 ピアノ協奏曲第二番。 これを作曲した若かりしショパンは 初恋の日々にあったというけれど とりわけ二楽章の旋律には いつも 胸をしめつけられる。 19歳の青年ショパンが五線譜に綴った恋文。 学生時代、大阪のザ・シンフォニーホールへ 演奏会に出かけた。 冬枯れの木立をぬけ、 随分早めにホールに着く。 早めとはいえコートを預けて、チケットをきってもらった記憶があるから 開場の時間にはなっていたのだろう。 ただ、ホールの扉を開けたのは おそらく私が一番で 全く予想もしなかったことに 舞台では、その日演奏予定のピアニストが ピアノ協奏曲の一節をさらっていたのだった。 目の前の座席にとりあえず腰をかける。 あまりのサプライズに、目も耳も 全神経をも奪われてしまう。 ほどなくして声がかかり、 シャツとジーパンという出で立ちのピアニストは 舞台袖に消えて行ったけれど 数十分後、タキシードに着替えた彼が本番の舞台に登場した時にも 私の心はまだ 完全に麻痺状態にあった。 その日のピアノ協奏曲第二番は 特別だった。 思えば、この10年で、 つまり結婚してからこちら 以前ほどショパンを聴かなくなった。 ショパンの音楽は、ロマンティック。 でも、彼のロマンティックは 誰かと居るロマンティックではなく 一人で居るロマンティックだ。 賑やかにプリンを食べながら 誰もこのロマンティックには気付かない。 ショパンと言えば、 「お昼のメロドラマ調!?」などと軽口をたたかれるだろうから 私も何も言わずプリンに集中する。 あとで、一人でCDで聴き直すんだから! 一人で居るロマンティックも、時には必要なんだから! ・・・そして プリンカップの中、 やさしい卵色の底に隠されたほろ苦いカラメルのように 実は、ショパンのロマンティックの奥にはもう一つの味がある。 それはまた いずれ。 (2010.05.17) |
参観日のハンバーグ 腕にずっしりと重い息子を抱いて、 目指すは4階。 息も荒く、足元ふらふら、 ようやくたどり着いた3年生の教室は 国語の授業の真っ最中だった。 「わたしと小鳥とすずと」 黒板には金子みすずの詩が書かれている。 小高い丘の上に建つ学校の、更に4階だ。 娘が教えてくれていた通り、見晴らしは抜群。 開け放たれた窓の向こうには市街地が広がり 気持ちのよい五月の風が 子供達の間を吹き抜けてゆく。 娘は私に気がつかず 熱心に先生の話を聞いたり、発表をしたりしている。 もちろん行きたいけれど どうなるか分からないよ。 今朝、そう告げていた。 授乳のタイミングや体調、天候 赤ちゃん連れの外出は、なかなか先が読めないものだ。 もし行けなかったらごめんね。 そうは告げていたけれど、 もちろんそれは期待を裏切ることになった際への 予防線であって 必ず行こうと私は心に決めていた。 妊娠が分かったのがちょうど一年前。 ほどなく酷いつわりが始まり それが終われば・・・の期待空しく 臨月に入るまでほぼずっと自宅安静を命じられた。 検診以外は外出もできず、 ひたすら横になっているしかない日々。 学校行事は都合がつく限り、万蔵氏が出席してくれたけれど 娘が力を入れていた学習発表会の合奏も 親子料理のイベントにも 私は参加することはできなかった。 産まれたら産まれたで 真冬の戸外に首も座らない赤ちゃんを連れ出すのははばかられ 気がつくと、季節は一巡しかけていた。 「ママにも観てほしいな・・・」 いつも気丈に振る舞っていた娘から 時折、ぽろりともれる本音に 今日こそは応えてあげたいと願っていた。 ふと、廊下に視線を向けて 私に気がついた娘の目が一瞬大きく見開かれた。 表情がぱあっと明るくなる。 授業が観たかったわけではない。 この顔が見たかっただけなのだ。 ママ来たよ。弟も連れて来たからね。 息子を少し持ち上げて、そっと目配せをした。 実に約1年ぶりの小学校だった。 長い間は居ることができなかったけれど 帰宅した娘は上機嫌。 どうだった? 発表聞いてくれた? 来てくれて、ありがとう! 高揚した気持ちが伝わってきて その嬉しさをもっと分かち合いたいような ずっと味わいたいような気分。 よく頑張っていたね。大きな声で発表できたね。行けて嬉しかったよ! そして、これまでの一年間のことを思うと そんな言葉だけでは足りない気さえして、 「今夜は、ハンバーグにしようか!」 思わずそんな一言が口をついてでてきてしまった。 娘の大好きなハンバーグ。 全くそんな予定などなかったけれど 冷凍庫には、挽肉があるはずだ。 やったあ! 笑顔がまた一回り大きくなった。 なにしろ、急な思いつきだったので つけ合わせはバターコーンだけ。 具沢山のお味噌汁を添えて どうにか体裁をととのえるも ちょっぴり寂しい食卓です。 それでも家庭のハンバーグは やっぱり美味しい! 焼きたてにチーズをのせて ソースとケチャップを合わせて煮詰めたソースをかけて いただきまーす。 「ママのハンバーグ世界一!」 嬉しい日に食べたくなる、家族のごちそうです。 *** 後日、娘の宿題ノートに「さんかん日」という 日記が書かれていました。 「さわやかな風の中、私達は勉強しています。」 そんな書き出しで始まる文章。 「(略)みんなつくえにすわって しゅう中していました、 あらっ あそこに一年も見ていない顔が! お母さんでした、 弟をつれて、重いのに来てくれていました。 お母さん、ありがとう、私の生活を見に来てくれて。 今日は国語の授業でした。 先生が言っていることをしっかり聞いて ノートに書き写す。 あっ、もうお母さんいない。 でも1年ぶりに学校で会えてうれしかったよ。 家に帰ってもほめてくれました。 お母さんが一年ぶりに来てくれた日、つまり今日は忘れたくないです。 すずしい、いいさんかん日でした。」 私にとっても忘れたくない・・・ いえ、忘れられない参観日となりました。 (2010.05.10) |