Blue willow のある食卓
    ーEveryday with Bluewillowーー






    寒い午後、
    娘とバイオリンの演奏会に。
    コンサート後のティータイムは
    いつものお楽しみなのだけど
    バレンタイン前の休日はどこも混雑。
    今日はおみやげを買って帰ろうか。


    少し歩けば、
    その名も「
    モーツァルト
    」なんて洋菓子店があるけれど
    なんだかちょっと違う気分。
    というわけで、というか
    なぜに、というべきか
    我々が颯爽と向う先は
    あんぱん屋さん。


    こしあん、塩あん、桜あん・・・
    ふっくりしたあんぱんを前に
    お腹が空いたのだと娘が顔をほころばせる。
    エネルギッシュな演奏だった。
    聴く者まで、エネルギーを奪い取られるような
    容赦なさ。
    いつ息をしていいのか分からなくなるような、
    臨場感。
    弾き手と一緒に駆け抜けた感さえある。

    うん、確かにお腹が空いた
    。
    聴いてきたばかりのワックスマンの「カルメン幻想曲」が
    まだ体中を駆け巡っている。
    熱きカルメンの血には、
    ケーキじゃない、
    チョコレートでもない
    我らがソウルフード、ずっしりしたあんこで応えようではないか!
    ・・・ん?

    迎えの車に乗り込むと
    息子の手には新しいミニカー。
    彼らは彼らで、楽しい時間を過ごした様子。
    あとは口角泡飛ばしてそれぞれの報告会。
    まんなかに、あんぱん。
    寒い日のあんぱんは
    格別に美味しい。




    (2012.2.11)




    やわらかな波に乗り


    新しい年を迎え、
    誕生日を迎える一月は、
    いつも特別な月ではあるけれど
    とりわけ、今年はいい流れで年を越し、
    40才という節目の誕生日を迎えることができたように思う。
    それもこれも、
    この数ヶ月、「時間はやわらかい」ことを
    実感しているからかもしれない。


    時間はやわらかい。
    そんなフレーズを目にしたのは
    昨秋だったろうか。
    身近な人の心に残る一言、というような内容で
    新聞に紹介されていた。
    投稿者のお母様は
    子供達を育てる為に、
    寝る間も惜しんで昼も夜も働き続けていらしたそうだ。
    それでも食事は手作りだし、
    旅行にも連れていってくれた。
    忙しい中、八つ当たりされた記憶もない。
    いったいどうやって時間をやりくりしていているのだろう・・・
    「時間てあんがいやわらいものよ」
    それがお母様の答えだったという。

    時間はやわらかい、という表現は
    私の中にすっと染み込んできた。
    目に見えない「時間」というものが、
    自在に形を変える様が
    見えるような気がしたのだ。
    時間の使い方が上手い、
    つまりはそういうことだとしても、
    そんな言い方では、決して響いてこなかったに違いない。

    じ実際、意識してみるだけで
    これほども違うものかと驚いている。
    常に何かに追われていたり、
    逆に何もできていない気がしたりという
    妙な焦燥感から解放された。
    当然、私は私のペースでしかないけれど
    家事や仕事、自分のこと
    今は自らが輪郭を取りながら、
    進めていっている感がある。
    時間はあんがい、
    いや、実際、やわらかく懐が深かったのだ!

     


    誕生日に友人から贈られた言葉も
    このところ、常に心にある。
    「40代の10年は、プライベートでも仕事でも
    ある意味では人生を最終的に形作ってしまうほどの大事な時期だと思うのです。」
    やわらかな時間の波に上手く乗ることで
    40代を有意義に送りたい。






    「とうとう、大台だね」と奮発して、
    シルバーのペストリーフォークを贈ってくれたのは妹。
    銀ならではの品のある光沢。
    その輝きは、白くやわらかだ。
    そんな銀のことを、
    息子は「しろい、きん(白い金)」と呼ぶ。
    いい得て妙。
    古株、いえ、旧友ウィロウはもちろんのこと
    こちらの「やわらか」な銀のフォークも一緒に
    40代の一歩を踏み出したばかり!

    (2012.2.11)