Blue willow のある食卓
ーEveryday with Bluewillowーー
まるで、灯りのともったろうそくみたい。 葉っぱの燭台の上で、春雨にぬれそぼっている カリンの蕾。 春休み後半も、終了。 この半年で、一人でお菓子を焼くようになった娘は 休み中にもいろいろと作ってくれた。 この日は、余った卵白を使って、メレンゲ菓子を。 ポップでかわいい恋の歌を何度もリピートして歌いながら 天板2枚分のメレンゲが焼き上がった。 確かにそこにあったはずなのに、 終わってしまえば、春休みはメレンゲ菓子のごとく。 しゅわっととけて、 残っているのは、儚い甘さだけ。 その甘さを慈しみながら ひとつ、ふたつ・・・ 雨の中にともるカリンの灯りを数えている。 (2015.4.8)
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Out of sight , out of mind. という諺を習ったのは高校の英語の時間だった。 すなわち、「去るもの、日々に疎し」 英語の表現とは、なんと明快なのだろうかと(ゆえに、残酷にも思えた。) つくづく思ったものだ。 目の前からいなくなれば、心からも消えていく。 そして、10代ならではの頑さで こんな風にも思ったのだった。 そんなわけは、ない、と。 そこにいなくなったら、心からも消えていくなんて 所詮、そのようなものでしかなかったのだ。 本当に大切なものは、 ずっとずっと、心の中にあり続けるのだと。 私は、忘れたりしない。 忘れるわけはない。 でも、今は思う。 忘れていけるって、いいことだ。 ずっと心に置き続けることは きっと、しんどい。 大切だったものなら、なおさらだ。 だから、人間はそんな風にできているんだろうな。 いつまでも同じものに心縛られることなく、 軽やかに、また前に進んでいけるように。 Out of sight, out of mind. そして、また、心から消えていったものが 全てなくなってしまうわけではないことも、今なら判る。 形を変えて、想いを変えて、時に記憶の底に沈んでしまったとしても たとえ、もう思い出すことがなかったとしても、 それが、その後の自分をつくっていくのだから。 春休み、前半の一週間経過。 ♪はるがきた、はるがきた 終業式の幼稚園で 開け放たれた二階の窓から聞こえてきた子供達の声を 明るい陽射しと一緒に浴びたことなど もう遠い昔のようだ。 一週間の間に、 この季節特有の、お別れがあり 大きな行事もあった。 いろんな人に会い、いろんな感情で 気持ちも揺れ動いた。 日々のスケジュール管理や仕事など 体力的にもタイトだった。 少し疲れた・・・かな。 夕食の支度をあらかた済ませ、夕方、ベッドに横たわる。 体は重いのに、頭は妙に冴えていて さまざまな出来事や思いが 浮かんでは消えていく、 それでも、やがて浅い眠りに落ちていて 懐かしい人や、今現在の自分 いろいろなものが入り交じる 不思議な夢を見た。 そして、まだ覚めきらぬ夢の中で 性懲りもなく思ってみたりもするのだった。 Out of sight, out of mind そんなわけはない。 私は、忘れない。 40代らしからぬ感傷で。 (2015.3.31) |
午後、3時過ぎ。
確かに、ホーホケキョと聞こえた気がして キッチンの窓を開けたら、壁がキャンバスになった。 白いキャンパスに、 庭の枝葉の影。 棚の上の「青缶」さえ 春の清々しさを纏って、なんだか目に新しい。 リプトンのエクストラクオリティセイロン、通称「青缶」は 味もデザインも好きで、 大きい方には、日々のティーバッグ、 小さい方には、新鮮な茶葉を入れて常備している。 大きな方は随分、年季も入ってきた。 ここに越してきて、半年。 とりあえず・・・とおさめた家具の配置を じっくり考え直したり、 必要なものを買い足したり 心地よく暮らしていく為の細部にまで ようやく気を配るゆとりができてきたような気がする。 パズルのピースを埋めていくように 少しずつ作りあげていく楽しさ。 今日は、玄関にフックを取り付けた。 電灯と鏡に合わせて、 少し、クラシカルに。 さて、ホーホケキョは、空耳ではなかった。
(2015.3 .23)
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