Blue willow のある食卓
ーEveryday with Bluewillowーー
パン生地を発酵させる間、 新聞を取りに玄関を出た。 今日もまた、紙面を見る前から トップニュースは分かっている。 こんな気持ちで新聞を取りに行くのは この数ヶ月で、何度目だろう。 悲しみを十分に受け止める間もなく、 悲しみを十分に悲しむ間さえないままに、 次々と上書きされ、更新されていく現実。 世界のあちらこちらで、 私達の、すぐそばで。 それでも、夜は明け、陽がのぼり、 夏の一日が、また始まった。 手にした紙面から伝わる息苦しさと まったく相容れない静けさで 朝顔は今朝も、 蒼く咲いている。 なにがどれだけブレンドされて、 どんな夏になるのだろう。 悲しみの割合は、バランスを崩すほどに膨れ上がったのだから あとは、きっと。 サマーブレンドをゆっくりドリップする。 (2016.7.29) 穢 ある旅のおはなし 誰に似たのか、娘は忘れ物チェックに厳しい。 出かける前の確認はもちろんのこと、 出かけてなお、信号待ちの時などに気になって、 再三再四、確かめてしまうことも多いそうな。 そんな彼女なので、修学旅行ともなれば 荷物の用意に余念はなかった。 前夜、当日の朝と、 私までチェック要員として駆り出されたりもした。 そして、揚々と出かけた当日の朝。 まだ熱気が籠っていそうな彼女の部屋を見渡して はっ、と息をのんだ。 クローゼットの扉に、 白いセーラーブラウスがかかってる! もちろん、その朝も着ていったが 替えとして持っていくよう用意していたものだ。 スカーフもついていなければ、 刺繍やラインも入っていない真っ白いブラウスは 白いクローゼットと、見事に一体化していた。 完全に、見落としていた模様。 時間を見ると、バスが出るまであと20分。 ま、仕方ないか。 無理だね。 自己責任、自己責任・・・ 自らにいい聞かせながらも 手足は既に準備を始めている。 忘れたのはもちろん娘の責任だ。 でも、私にも半分ほど非はあった。 セーラーブラウスは制服なので 旅行前日の夕方まで普通に学校で着ていたものだ。 帰宅後、すぐに洗濯をして乾かしていたものの それを一カ所に集めていた旅行用荷物の所ではなく、 クローゼットの扉にかけたことを 私は娘に伝えていなかったのだ。 農業体験、マリンスポーツに、町歩き、 盛りだくさんの旅行中には、それぞれの着替えがそれぞれ必要。 それらの準備に気をとられて、 扉にかけられたブラウスの替えを忘れてしまったに違いない。 連日のこの暑さ、 汗もたくさんかくだろう。 やっぱり、できればブラウスを届けたい! 帽子をとって、鍵をとり、 あっという間に、自転車を飛ばしていた。 小学生が、ふうらり、というか、のおんびり、 としか言いようのない自由さで登校してる横を 注意深くすり抜け、 大きい道に出て、通学ラッシュの波に乗ったならば、 あとはただ必死で、ペダルを漕ぐ。 こんな時の常として、 あらゆる赤信号にかかるけれど、 ダメもと、ダメもと・・・ 涼しい顔して待つしかない。 目的地に辿り着いた時には、 バスにはエンジンもかかり、 1号車のバスが、まさに今、動き出さんとす、のタイミング。 出発時間まで1分を切っていた。 でも、なんとか間に合った! バス誘導の為に、外に残っていらした先生に ブラウスの袋を託け、お礼を告げる。 そして、それが、バスの中に手渡されていくのを 見届ける途中で、 自転車の向きをかえた。 見送りたい・・・ 一瞬前まで、そんなつもりも余裕も全くなかったのに バスの列を見た瞬間に、 実は、そんな思いがわきあがってきていた。 せっかくなので、ここでバスを見送ろうか。 娘だけじゃない。 ふうらり、のおんびり、一緒に小学校に通っていた皆が、 それぞれに成長して、このバスの中にいるのだもの。 でも、自転車を漕ぐのをやめなかった。 大型バスが動く気配を感じながら、 背中で、楽しい旅を祈った。 彼らはもう、我れ先にと窓に乗り出して はしゃいで手を振ったりはしないだろう。 無邪気な自由人だった頃、遠足バスの窓からそうしていたように 。 それぞれに大きくなって、 ずいぶん、遠くまで来てしまった。 でも、確かに、ここにいる。 それで十分だった。 それで十分なのに、それで十分だからか、 喉の奥にこみ上げてくるものがあった。 しばらく走って振り返ると、 何台ものバスが連なって、旅は既に始まっていた。 よかったね。 この学年は小学校の頃から行事といえば雨ばかりだったのに 今日は、最高の晴れじゃないか! GOOD LUCK さて、その日、下校したわが家の現役自由人に言われた。 「ママ、朝、見かけたよ〜。自転車はやかったね〜。」 そうでしょう、そうでしょう。 たった数十分で、どこまでどんな旅をしてきたんでしょうね、ママは。 因みにこちらのお方も、誰に似たのか 忘れ物チェックを怠らない。 玄関で最後の最後、 筆箱の中身を確認しないと気がすまない人だ。 でも、きっといつか何かしでかしてくれるにちがいない。 母はまた、ギリギリの旅に出たり、 うるうるの旅にでたりしなくちゃ行けない日があるんだろうか。 (2016.7.05) |