Blue willow のある食卓
    ーEveryday with Bluewillowーー








    如月のけしき




    「ごちそうをあげるからお二人ともいらっしゃい」
    二人が書斎から廊下伝いに、座敷へ来てみると、
    座敷の真ん中に美禰子の持って来た籠(バスケット)が据えてある。
    蓋(ふた)が取ってある。
    中にサンドイッチがたくさんはいっている。
    美禰子はそのそばにすわって、
    籠の中のものを小皿へ取り分けている。※













    昨秋、漱石山房記念館
    を訪れたとき
    展示テーマが「三四郎」だったこともあり、
    久方ぶりに再読。
    筋を追うというよりは、
    あちこち寄り道をしながら
    言の葉を味わい、情景を愉しんで。




    ※ 夏目漱石 「三四郎」 より 





    ❇︎




    休日の午後、娘からのLINE。



    「外にでたら春の匂いがしたから、
    駅前でお団子を買って河原で読書。
    最高!
    春は苦手だけど、春の気配は悪くないね。」




    春の気配は悪くない、か。
    ・ ・ ・ けだし名言!





    ❇︎










    もう3年前のことになる。
    闘病生活が続き、
    すでに何を見ても食指の動くことのなくなっていた母が
    豆ご飯を一口食べてみたいと言った。
    その日、父と私は病院へ行き
    母の「これから」を相談したばかりだった。
    母がのぞむ「これから」は難しそうだった。
    豆ご飯は重苦しい気もちと共に
    病院帰りに買ってきた弁当だった。
    春を先取りした
    せめてもの明るさがそこにあった。




    「これから」について話すべきだったのに
    母のその言葉を聞いた途端
    父も私も「これから」については、しばし忘れることにした。
    豆ご飯は春に母がよく作ってくれた料理のひとつだったから
    私たちには語るべき「これまで」がたくさんあったのだ。
    父と私は 「これまで」を語り合った。
    無邪気に、楽しく、必死に語り合った。




    現在、一人暮らしの父に、
    惣菜や弁当を作って、冷凍便でときどき届ける。
    今月は豆ご飯を送った。
    父があの春浅き日の豆ご飯を覚えているかは
    分からない。

    結局、あの後
    父は母ののぞんだ「これから」を最期まで叶えた。





    ❇︎











    万蔵氏の誕生日だからね、と大義名分をかざし
    海辺の町まで牡蠣を買いに行く。
    鈍く光る海に
    そこはことなく早春のあかるさを感じるも
    灰色にたちこめた空から
    雪が舞い降りてきた。
    吹きつけるつめたい風に乗って
    それはたちまち、勢いを増し
    あたりを白く煙らせる。











    せっかくここまで足を伸ばしたのだからと
    帰路、夢二さんの生家を訪れると
     企画展 「冬のけしき」が開催中。
    あたりの空気はしんと冷えて、
    夢二さんが見た景色と多分そんなに変わらない。
    続く寒さに怯んでいるくせに
    これが最後の寒波と聞くと
    冬のけしきが名残惜しくなったりもする。
    また、雪がちらつき始めた。












    (2025.2.24)