Blue willow のある食卓
    ーEveryday with Bluewillowーー










    秋の3つの窓から




















    ずいぶんと長逗留だった暑さがいんで、
    窓にあたたかさの灯る季節がやってきた。





















    旧友たちと同窓会旅行。
    ホテルの窓から
    空と海のグラデーションがみえる。

    夢だの憧れだの「未来」ををざんざん語ってきたけれど
    あんなことあった、こんなことした、
    「過去」を振り返ることも多くなってきた。
    考えてみれば、人生も半ばを過ぎているのだから
    それは不思議なことではない。
    それに、後ろを振り返ることが
    後ろ向きというわけでもない。
    なつかしい思い出を振り返ることで
    今があたためられる。
    そして、あたためられた今が
    先に向かう背中を押してくれる。
    一緒に歳を重ねるって
    こういうことだったんだね。




















    東山魁夷の「窓」展へ。

    窓は建物の一部であるということはもちろん、
    外と内を隔てつつも、繋ぐ存在であり、
    外と内は、単なる物理的なそれではなく
    心の外と内であることもある。
    窓は、象徴的だ。





    東山氏と言えば誰もがまず思い描くような
    スケールの大きな作品ではなく
    氏が若き日に訪れた欧州の街角の断片、
    たとえば窓や壁や路地、
    そういったモチーフの作品群とエッセイが収められた新潮文庫を
    高校時代からずっと愛読してきた。
    折に触れて、実際の作品を見る機会にも恵まれて
    10代から、今に至るまで、
    そのときどきの思いで、作品を見続けている。
    いうなれば、それらは私にとって
    「窓」のようなものかもしれない。
    そのときどきの私と、今の私を
    隔てつつも、繋いでいる
    窓のような存在。




















    窓を開けて、秋の風を招き入れると

    焼き上がったばかりのシナモンロールが
    ふわり香った。
    美術館のチケットは文庫本の栞にしよう。












    (2025.11.15)