Blue Willow のある食卓 vol.28
どんなものと合わせても
いつも新鮮な驚きをくれるブルーウィロウ。
はっとさせられる瞬間を
暮らしの中から切りとって。
娘の笑顔が翳っていた。 理由を尋ねても、何も云わず、 お友達からも離れて、 ひとり ぼんやりとブランコをこいている。 園庭の午後。 遠く近くにまとわりついてくる喧噪を、 私もぼんやりとかわしながら そんな彼女を見つめている。 娘と仲良しのお友達が近づいて来た。 これ、もらったのよ、とかわいい包みをかざし 無邪気にその喜びを伝えてくれ、 察するにそれはホワイトデーのお菓子なのだった。 見回すと、数人の女の子達の手にその包みがある。 合点がいった。 そもそも、バレンタインデーの意味さえよく理解していないだろう娘は なぜ自分にその包みがもらえないのか、という気持ちを どこに向けたのだろう。 ひと月前、私がチョコレートを持たせてやれば、 そんな思いをさせることがなかったのだろうか。 正直、考えもつかなかったのだ。 「おうちに帰ってティータイムしようか」 複雑な気持ちを断ち切るように、笑顔を向けると いつになく、娘はすんなりと私の手を握って歩き出した。 「まぶしかったの」 曇った表情の理由を二度目に尋ねた時、彼女はそう言った。 まさか幼い彼女に、そんな、セリフみたいな嘘はつけないだろうから おそらく、本当に陽ざしが眩しかったのだろう。 時には、1人でブランコをこぎたいこともあるだろう。 そうでないと、ちょっとつらい。 三月も中旬というのに、雪も舞う寒さ。 久しぶりに、2人分ココアを入れた。 熱く、甘く、ココアが体の中に落ちてゆく度に、 少しずつ元気が満ちてくる気がするけれど それでは足りない。 ココアの力でも及ばない。 多分、先刻のことだけではない。 仕事上の気がかり・・・ 目の奥の痛み・・・ 近づく別れへの寂しさ・・・ 季節が変わることへの戸惑い・・・ そんな小さな事が重なって生まれた淀みが 得体もなく、大きく膨れあがり 私はもてあましていたのだ。 こんな時はどうあがいても ずっしりと心が重たい。 誰のせいでもない。何が悪いわけでもない。 ただ、そんな日もある。 そんな日もあるのだ。 「そうだ、ママ、おみやげ!」 リュックサックの中から出てきた絵には 三角屋根のおうち、娘と私、お花屋さん、 そして右下に小さく、ワレモコウが描かれていて なぜだか、涙がぽつんと落ちた。
(2006.3.14) |
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ロンドンの街角、 観光客向けの雑多なお土産が並ぶスタンドの一角で その小さなピンを買ったのでした。 ユニオンジャックと日本の旗がふたつ仲良く手を取り合って! 学生時代より、漠然と、漠然と、それは私の「夢の形」でした。 以来、このピンはお守りのように傍らにあります。 英国のことを中心に綴るこのサイトを立ち上げてからは, British Airwaysの模型(尾翼がタータンチェック!)と共に、 いつもMacの横に。
英国と日本を、「パン作り」という形で繋ぐ方々とお会いしました。 ファームハウス、スコッチバップス、ミートパイ、 スコーン、ショートブレッド、アップルターンオーバー、 ティーケーキ、ジンジャーブレッド、エクルズ・・・ 一日のうちに、こんなに英国のパンやお菓子を食べたことは 滞英中でさえありません。 どのパンからも、彼の地で技術を身につけた方の生み出す 揺るぎない英国の味が広がり、その堅実な美味しさに胸を打たれます。 そして、あらためて思うのでした。 私は、私のやり方で、英国と日本が手を取り合う場所に居たい、と。 未だ、あの頃よりずっと変わることない夢に じっくり、そして堅実に向き合ってゆきたいと思います。 夢の輪郭をそっとなぞることのできた、早春に。 *写真のパイはエクルズ。 クリスマスケーキが贅沢品だったピューリタン時代、 その代用品として食べられたのがはじまりとのこと。 サクサクのパイの中には、ドライフルーツが入っていて あとひく美味しさ! (2006.2.17) |
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目の前にピアノ、背後にはベッド。
左には机と本棚がそびえ、右手にチェストが迫っている。 それらに埋もれるように置いてある、こたつ。 いくら狭くとも、こればかりは譲れないらしい。 腰を下ろすと、確かになんとも居心地のよい、 安らいだ気持ちになる。 並んだ楽譜や、迷いに迷っていつも1枚ずつ選んだCD、 夜遅くまで話しこんだお互いの好きな本や、 へなちょこなのに処分できない、幼い頃からの品々。 目に入るものが懐かしく、おこたの布団を顎まで持ち上げて、 「昔に戻ったみたいだね」何度、口にしただろう。 2005年。12月30日。 実に数ヶ月ぶりに休みがとれたという、妹の部屋に居る。 おこたの上で湯気をあげるマグカップは、彼女が中学生だった頃 ピアノの先生にいただいたものだ。 かつて、音楽の道を選ぼうとしていた妹の部屋は 防音仕様になっていて密閉度が高い。 だから、というわけではもちろんないけれど ぎゅっと力を入れて重いドアを閉めてしまうと 懐かしい‘あの頃’も‘あの頃’も’あの頃’も 全て、真空パックになってここには残っているような気がする。 「冬はやっぱり、おこた!」と‘あの頃’みたいに おしゃべりしたり、ビデオを観たり、うたた寝したり。 けれども明けて大晦日、目が覚めると彼女はもう出勤していて 私は母と二人でお節の準備をし その夜、彼女が戻ってきたのは午前3時過ぎ、 つまり新年を迎えて、のことだった。 真空パックの部屋を出たなら やはり時は確実に流れている。 お互いに行き来したはずの‘私の部屋’は、もうないし 妹だって「やっぱりおこた」の時間を、普段はほとんど持てないことだろう。 そもそも、研修の期間が終われば又、この土地を離れる妹と この先、年末ののんびりとした時間をこの部屋で過ごせることなど あるのだろうか・・・ くったりとした白衣が、馴染みない現実として横たわっているだけ。 はちみつ入りのマドレーヌで、冬の午後を。
マドレーヌ型は、母がプレゼントとしてくれたものだ。 金色のはちみつを生地に加えていると 山口を後にする日、父の車から見た風景が思い出されてくる。 弱い陽ざしを受けて、金色に揺れるふしの川沿いの枯れススキ。 全てが変化しつづける中で、変わらず、冬の風景だ。 真空パックではないけれど、この金色の束の中にも ’あの頃’や‘あの頃’や’ あの頃’が、揺れている気がする。 (2006.1.25) |