Blue Willow のある食卓 vol.31
どんなものと合わせても
いつも新鮮な驚きをくれるブルーウィロウ。
はっとさせられる瞬間を
暮らしの中から切りとって。
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「わたしが年をとって、 おばあちゃんになって、 いつか 死んでしまったら、 わたしのこころは どこにいっちゃうの? こころは きえてしまうのかな・・・・」 娘がつぶやく。
常に守られて、かわいがられて、楽しくて・・・の時期を過ぎ 光ではなく、影の 喜びではなく、悲しみの 生ではなく、死の つまりは、物事の本来の姿というものに 少しずつ敏感になっているように思う。 大人の私達でさえ不可解に思えることばかりなの。 つまり、理不尽なことだらけ
暑中お見舞い申し上げます。 (8月5日)
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にわかに空がかき曇り なまあたたかな風にあおられて 黄色く変色したシュロの葉が、大きく回転しながら落ちていった。 ほどなく大粒の雨がたたきつけるように降ってきて 水と土、そしてアスファルトが混ざり合った匂いが 足下からむうっと立ちこめる。 自転車の人達は、スピードを上げ 駄菓子やのおばあさんは店先のよしずを立て直している。 花模様のワンピースからのぞく白い腕に ふっと、郷愁を呼び起こされる。 子供の頃は、 今よりもっと夕立が多かった・・・ と思うのは気のせいでしょうか? ピッチャーいっぱいの麦茶や 氷を浮かべたカルピスが あの頃の定番。 遊びに行くと たいていどのお宅でも出してくれて それぞれに、少しずつ味が違ったっけ。
日曜日の、夕立。 甘みがでるまでしっかり炒めた玉ねぎのキッシュを焼いたら 麦茶やカルピスもいいけれど やっぱり、スパークリングワインの栓を抜きましょう。 しゅわっと泡立つグラスに 遠い夏を透かして、しばし。 瞼も気持ちも やんわりとろけて 夢の中に遊ぶこと、しばし。 目が覚めた時には、 雨はやみ 空の彼方に入道雲。 今日最後の陽射しは、 グラスの底に残った 儚い金色。 (2006.7.23) |
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この数ヶ月、心の真ん中を占めていたのは
別れの寂しさ、 そしてそれがもたらす変化への戸惑いや、やるせなさだった。 悶々とした気持ちから逃げ出したくて、一人出かけた映画館。 「人はみな、変わってゆくものなんだよ」 主人公の女性がさらりと、そしてきっぱり そう話していて それは無情であるとか、薄情であるということではなく ‘人も物もすべては変わってゆくのだ’という揺るぎのない事実を ありのままに受け入れる潔さと優しさに満ちていたので 私はその姿に憧れた。 こうありたい、とその強さに憧れた。 そうなのだ、全ては変わってゆくものなのだ。 だから その重さを必要以上に感じることなく そのまま受け止めることができたら、と。
丁寧にさくらんぼの種をとり、 アーモンド粉を使ってバターケーキを焼く。 こんな風に過ごすのは 時間的にも、気分的にも、 随分 久しぶりのことのような気がする。 気がつくと、陽ざしはもう真夏のそれで、 窓の外は、うんざりするくらい明るい。 ケーキが焼ける間、何度も読み返した手紙を、もう一度、読んでみる。 「でも、何があっても日々 前進してゆかなくてはいけないものね。 変わり続けてゆく流れの中で、変わらない、揺るがないものに支えられて ‘変わること’を受け入れていけたらいいです。」 (2006.7.14) |