英国小景
旅はあまり得意じゃない。
疲れやすいし、人混みは苦手だし、
なにより私は自分の部屋で過ごす時間が一番好きだから、
雑踏や面倒な手続きや重い荷物は
考えただけで うんざりしてしまう。
それでも英国へはでかけてしまうのは
あの国と私の部屋には、扉も海も時差もないから。
飛行機が高度を下げてゆくと
波打つ緑とレンガ色の町並みが迫ってくる。
行儀よく並んだロンドンの家々。
緑の中 ところどころ見える白は
クリケットに興じる人々だろうか。
ああ、帰ってきたな・・・
深呼吸すると たちまち心が自由になる。
何度行っても、やはりどうしても
あの国はどうしても異国へ来たという気がしなく
いつ行っても懐かしく、心地よく、
それははじめての時からそうだった。
6月終りの日曜日。
朝まだ早く、空気は澄んで空の青。
人々は教会にでかけているのか、まだ家でくつろいでいるのか
通りに人影はなく
ただ 窓辺に白いレースのカーテンだけが揺れていた。
ああ、帰ってきたな・・
それがはじめての朝。
たとえば チェコの古い路地に、
たとえば シチリア島の夕べの音楽に、
たとえば ”夕方のハルピン駅”に、
そんな海の向こうにも限りなく憧れる。
でも旅をするにはどこか億劫で
いつもいつも 自分の部屋にいる、
いつもいつも自分の部屋のような あの国に帰ってしまう。
London 1994