冬時間
自転車を買う
まるで寝ているみたいに微動だにせず
机の上のパンフレットだかを眺めていて
私達には見向きもしない。
ゆっくり見る間もなく声をかけられるのは苦手なので
これ幸いと、
じっくり店内の商品を見て回ること数十分。
客の本気を見て取ったのか
ようやく「何かあったら 声をかけてください」と顔を上げ、
こちらが質問してはじめて、
おじさんは ぱあっと人が変わったように饒舌になった。
隣町の商店街にある自転車屋での話。
おじさんは、プロフェッショナルだった。
何かを専門的に商う人は もちろんそうであるに違いないのだろうが
大型の量販店などで買い物をする機会も増えた今、
こういうことを感じながら買い物ができることは案外少ないのではないかと思う。
昨秋に自転車を探し始めて以来 私も何軒か回ったけれど
ホームセンターや、安売店では
お金と引き替えに あらかじめ決められた形の物を受け取るのみであったり、
とにかく商品を買ってもらおうと次から次へのセールス攻撃だったりで、
なんとなく買いたい気持ちが萎えてくることが多かった。
それに比べて 自転車屋のおじさん!
どんな質問にも答えてくれたし、
その場で買わせることだけが目的ではなく
買った後、お客がどれだけ自転車を楽しめるか、を
きちんと考えたアドバイスを沢山してくれる。
見回せば、店内には
使い込まれた修理道具が壁にきれいに並べてあり
若かりし日のおじさんが自転車と共に写る写真もちらほら。
心から自転車が好きなのだろうということが伺えた。
はじめ店内で私が目を留めた自転車は
ごく普通の黒い自転車だった。
目には留まったけれど、実際 買うに至らない理由がいくつかあった。
既存のものを購入するのが常の量販店で見かけていたならば、
だから、それを買うことはなかっただろう。
けれども おじさんは
希望を聞きながら それを私好みの自転車にゆっくり仕上げていってくれたのだ。
今、カゴはワイヤーではなく 籐のものに。
ライトも、好みのデザインに。
サドルとケーブルに至っては
おじさんの提案で、ボディにマッチするように黒に。
それらの作業をするにあたり、値段に特別な上乗せがあるわけではない。
これくらいが自転車にあてる妥当な予算だろう、と考えていただけの値段で
みるみる私好みの自転車ができてゆくのはとても楽しく
店を出るときには
買い物の醍醐味を味わったという満足感でいっぱいだった。
この買い物には、おまけがついている。
配達をお願いした前日、
明日の朝 届けます、と本当に一言だけの
あっさりした電話があった。
そして当日、「もうすぐ着きます」の電話がなったのは なんと午前8時半。
休日ゆえ、家族皆、パジャマ姿。
だって、まさかそんなに早くに来るなんて思いもしない。
いやはや、おじさん
自分で!配達をし、
開店の10時には自分が!店にいたかったのだろう。
やれやれ、と急いで着替えをしながらも 憎めなくて思わず笑みがこぼれてしまう。
しんとした休日のマンションの庭で
おじさんは最後の最後まで
自転車と、それを手にする私にできる限りの想いを注いでくれた。
おまけは もうひとつ。
自転車が届いて数日後、
丁寧な手紙がおじさんより届く。
自分が送り出した自転車に愛情と誇りを持っていること、
アフターケアは安心しておまかせを、との旨
毛筆でしたためられていた。
いやはや!
プロフェッショナルな頑固親父からの買い物、
楽しかった、楽しかった。
大学前の街路樹を走り抜けて、
‘ちょっと遠く’だった郵便局まです〜いすい。
用事を済ませたあと、‘ベビーカーでは億劫’だった公園へ。
そうそう、午前10時40分には
大学生達が作った新鮮なお野菜を求めて、農学部の直売所へGO!
10年ぶりの自転車はママチャリ仕様だから
漕ぐときは ちょっぴりガニ股!?
でも誰かと一緒に風をきる楽しさには
変えられないもんね。
自転車って、本当に気持ちのいい乗り物。
(2004.5.14)