冬時間
覚えてる?
心の中で 何度もそう聞いてみた。
くさりをきしませブランコをこぎながら、
棒きれで地面にへのへのもへじを描きながら、
あるいは
放り出されたランドセルに 途方もない親しみを覚えながら。
ねえ、覚えてる?
そこにはどんな時間が流れ、
どんな空気が流れていたのか、
あなたはちゃんと 覚えてる?
午後四時半の公園のこと。
砂場でちんまり遊んでいたオチビさん天国に
午後四時過ぎ、異変が起こる。
学校帰りの小学生達が どっとなだれ込んでくるのだ。
まずは 一旦家に帰るのももどかしいらしい制服姿の一団。
次に、三々五々集まってくる、バットだのボールだのを抱えた私服組。
公園はにわかに、色を帯び、活気づく。
見ている方がひやひやするほど
高く、激しく、ブランコをこぐ男の子たち。
ひとつのブランコに2人も3人も乗り、
勢いあまって ただもう笑うしかない。
女の子たちは藤棚の下で固まって、なにやら神妙な顔つきだ。
靴も靴下も、髪留めも自転車も、カラフル、カラフル!
私自身は、学校帰りに公園に寄ることは
ほとんどなかったように思う。
それでも、この風景がまるごと懐かしい。
どうにもこうにも 懐かしくてたまらない。
この風景が、
午後四時の空気が。
学校にも、家庭にも属さない、放課後の数時間。
それはほんの束の間で
たった1.時間か、2時間かそこらのものなのだけれど
あの頃の私にとっては とても長い時間だったように思う。
その時間の「特別」なシーンを今でもいくつも思い出せる。
子供達を見る、というより
だから、
クラスメートを見るように
シャツのはみ出た後ろ姿を見てしまう。
きれいに編み込まれた髪に見とれてしまう。
入り口にある丸い文字盤の時計は、そろそろ五時。
公園の外では、移動パン屋が止まり
間延びするようなメロディーが
夕方の気分を濃くしている。
ひとつひとつビニール袋にくるまれた
素朴なパンたち。
普段は足を止めることもないのに
公園でのなつかしさマジックのせいだろうか、
思わず立ち止まり、
ふたつばかり買ってみることにした。
たっぷり遊んでおなかも空いていたのだろう、
帰宅した娘は
買ったばかりのチーズパンを半分もたいらげて、
天下太平に眠ってしまった。
私も冷たいお茶を注ぐ。
もうひとつのクリームパンは、彼が帰ってきてゆっくり食べよう。
そして、聞いてみようと思う。
覚えてる?
午後四時の公園を。
ちゃんと覚えてる?午後四時の風景を。
クリームパンにはきっと
もったりと甘い 黄色いカスタードが詰まっているに違いない。
(2003.5.15)