冬時間
飛行機雲
「ちょっと遅いな・・・」
ベランダに出ようとしたところで電話が鳴った。
徒歩数分とはいえ、夕刻にさしかかるので
娘を一人でバイオリンのお稽古に行かせる時には
終わったら連絡できるよう私の携帯を持たせている。
お稽古時間が延びることも多々あるので
帰る時間を案じなくてもすむ。
電話を受けると、頃合いを見計らって
ベランダで帰りを待つこともある。
発信元は娘だ。
つい先ほど帰るコールはあったばかりなのに、はて。
何か困ったことでもおきたのかと
一瞬、不安も過る。
「ねえ、ママっ!」
電話に出ると弾んだ声が飛び込んで来た。
「空、見てみて。
今、飛行機雲がすごくきれいだから知らせてあげようと思って。」
遅い理由はそれだったのかと苦笑。
空を見上げて立ち止まっている彼女の姿が目に浮かぶ。
安心して
半分開けたままだったベランダへ続くドアに手をかけた。
果たしてそれは誰かに伝えたくなる空だった。
飛行機雲が伸びている。
一本ではない。
北の空に、南の空に、
くっきりしたもの、ゆるゆると消えかけのもの
いく筋もの飛行機雲が
暮れかけの空を仕切っているのだ。
先端に小さく光る飛行機が見えるものもある。
どこへ行くのか、伸び続けるその一本の線は
清々しくまっすぐだ。
思わずひきこまれて見入っていると
駆け足の音が近づいて来た。
見下ろすと、バイオリンケースを背に娘が駈けてきた。
ほらね、きれいでしょ
そう言わんばかりの大きな笑みをたたえて
駈けてきた。
(2010.02.12)