冬時間
秋がまゐりました
-どんぐりと夢二と-
ぽとん、ぽとん・・・ぽとん
どんぐりの実が落ちる小気味よい音が
アトリエの庭に響きます。
どんぐりの葉書をバッグからとりだして
あらためて「この人の描く絵が好きだ」と思う私の背後で
またひとつ、どんぐりが地面に落ちる音がしました。
帽子をかぶった木楢どんぐり
スマートなかしわどんぐり
ぷっくら丸々と膨らんだくぬぎどんぐり・・・
アトリエに足を踏み入れる前に、
しばし どんぐり拾いの時間。
ここは‘少年山荘’
竹久夢二のアトリエです。
オリジナルは大正13年、
夢二自ら設計して東京に建てたものですが
こちらは夢二生誕95周年を記念し
次男の不二彦氏の協力により
生家にほど近いこの地に復元したもの。
岡山市から車で約1時間。
夢二が生まれた邑久町に
どんぐりの木に囲まれて
つつましやで端正なその洋館は建っています。
この感じ、とても好き。
おもちゃ屋さんに連れていってもらった子供のように
視線が泳いで、何から見てよいのか分からないほど
全部全部を見なくちゃ、と焦って空回りしてしまうほど
建物を前にのぼせてしまう私。
夢二というと、まず美人画が有名ですが
私が心惹かれるのは、デザイナーとしての夢二。
実際のところ、彼の描く人物画、
とりわけ夢二美人と呼ばれる女性の絵にはあまり興味はなくて
(人物画であれば美人画より、童画、
美人画であれば、和装よりも洋装の女性を描いたものが好き)
心動かされるのは
本や楽譜の装幀、
千代紙や手ぬぐいなど日用品のデザイン、
彼が手がけたそういった作品なのです。
それらは どんぐりの絵に代表されるように
草花や鳥など、
ごく身近な自然をモチーフにしながらも
モダンでセンスよく
甘すぎないかわいらしさでいっぱいなのです。
アトリエの近くに建つ生家は
竹藪を背景に建つ、藁葺き屋根の家、
ギャラリーになっているのも、庭の納屋というおおらかさでした。
家の周辺は秋の風情たっぷり。
この柿の木もススキも
きっと夢二を知っているに違いないし
私もまた、夢二の絵の中で会ったことがあるかもしれない、
なんてことを思いながら
そぞろ歩く秋の午後。
実は夢二の文章も好きで
童話集や詩集など古本屋で揃えたほどです。
絵にしても詩にしても、俳句も小説も
とにかく描き続けていった人なのだと
その作品の多さに圧倒されてしまいます。
まだまだ未読のものもたくさん。
夢二について 思うことは多々あれど
それを文章にまとめるのは
まだ先になりそうです。
夢二の誕生日は秋。
「源吉兆庵」の9月の生誕記念菓子は
夢二に因んだお菓子二種だったので
迷わずに購入しておきました。
ひとつは、‘ガルバルジイ’
ココア風味のビスケットにクリームが挟まれた
レーズンサンドで
夢二を訪れた友人が皆、これでもてなされ
忘れられないといったお菓子の再現なのだそうです。
濃厚なバタークリームが珈琲によく合って美味しい。
そして、もうひとつがこちら、
紅茶を好んだ夢二を偲び
紅茶とレモンの蒸しカステラです。
アトリエを訪ねた翌日、いただきました。
しっとり甘めの蒸し上がり。
大正ロマンが薫る乳白色の硝子皿に盛ると
ふと、彼のアトリエに展示してあった
妻、岸 たまきの文章が思い出されます。
「下街の路地にも秋がまゐりました」
夢二がデザインした小物を売る店の開店を知らせる
葉書の書き出しなのですが
なにげないのに、どこか胸躍る季節の挨拶。
お茶が入るのを待っている間
テーブルの上に、拾ってきたどんぐり達も連れてきて
私もこっそりつぶやいてみたりして。
「今年もまた、秋がまゐりましたよ。」
(2002.10.13)