冬時間
夜のホームで
ホームに上がると
ひどく閑散としていた。
細かい雨が降り続いていて
蛍光灯の白い灯りが 寒々しい。
まだ8時にもならないのに
すでに 夜中のような静けさだ。
時折、ごおおっという ものすごい轟音と共に
のぞみが駆け抜けてゆく。
疾風に飲まれるがまま それを見送ると
あっ、という間もなく
また静寂が戻ってきて 閑か。
体の奥に、振動のみが残っている。
友人の出産祝いにやってきたこの町で
私達は帰りの新幹線を待っている。
とっぷりと日の暮れた見知らぬ町で
人気のないホームに立つと 妙に心細い。
賑やかに一日を過ごした後なら、なおさら。
娘の手をぎゅっと握りしめながら
このまま 走り抜けるのぞみを見送るのみで
永遠に自分達が乗る列車は止まらないのではないだろうか・・
そんな気持ちにさえなってしまう。
けれども もちろん、時刻表どおりにこだまはやってきて
この小さな駅にも ちゃんと止まる。
明るい車内に腰をおろすと
ようやく、ほっと一息。
暗い窓に映るお互いの顔に、思わず安堵の笑みが浮かんだ。
娘は 私の膝の上。
その重みをずっしりと受け止めながら
夏中悩んで、先日終止符を打ったばかりの
彼女の幼稚園問題を ようやく私は振り返ることができる。
昼間会った赤ちゃんのように小さかった娘も
今秋 三歳だ。
三年保育を選ぶなら、来年から幼稚園に通うことになる。
この年頃の子供にとって、
同年代の子達と遊ぶことほど 楽しく有意義なことはないだろう。
集団生活も 大切なことの1つに違いない。
けれども・・・
だから三年保育、と結論づけるには
なにか割り切れない気持ちが残っていた。
この数ヶ月いろいろと考えたことは
家庭が中心だったこれまでの育児においては
あまり考えなくてもよい類のものだったと言えるかもしれない。
つまりそれはまさに、これからこの子を社会の中でどう育ててゆきたいのか
私達家族はどう生きてゆきたいのか、
そんなことにも繋がっていて
とても大きな問題だったのだ。
疲れのせいか 娘が口数の少ないのをいいことに
ひとり、想いを巡らせていると
じき、岡山に到着のアナウンスだ。
駅に着いてドアが開くと、
人、人、人、人の波。
乗る前とは がらり世界が変わっている。
つい一時間ほど前の あの がらんとしたホームが
まるで幻のようだと思う。
人影もまばらで ふたりぎゅっと手をつないで
静かな夜に佇んでいた時間は、
今や あまりに遠い。
疾風のごとく吹き抜けていったのぞみの余韻も
もう すでに微塵もない。
ホームに入ってきた、と思ったそれは
轟音と振動だけを残して 気が付けば通り過ぎていた。
そんなふうに、過ぎてゆくのかもしれないな・・・
人いきれの充満している夜の駅で
ふと、そんなことを思った。
子供と過ごす時間も こんな風に過ぎ去ってゆくのかも、と。
怒濤のように、高速で。
だから 今はまだ
彼女と手をつなぐ時間を もう少し持ってもいい。
誰もがいつかは この人々の波の中で生きてゆかねばならないなら
ほんの一年や二年、
それを急いだところで、何が違おう。
同じ気持ちで娘を見守り、家族の在り方を考える彼が、
出口で私達を待っている。
(2004.9.12)