冬時間
シンパシイ、のち言い訳
「だだいま!
あのね、あのね。」
息を切らせて帰宅するなり、
娘はもどかしそうにマフラーと手袋を外して
ドスンとランドセルを置く。
「あのね、あのね。
これとっても面白いの!」
一心に鞄を弄る姿に 何やらシンパシイを感じつつも
一応、母然として促す。
‘まずは、手洗いうがいでしょ’
小走りで洗面所から戻ってきた彼女は
座り込むや否や、学校で借りてきた本を取り出して興奮気味。
「これね、とっても面白いの。」
‘ふうん、どんなの?’
かがんで覗き込むと、ぱあっと顔が明るくなり
なぜだか 少しばかりの得意顔。
「えっとね、えっとね、
一番面白いところ、読んであげるね。」
パラパラとページをめくる音。
えっと、あれっ、と一人ごちる声。
面白いところを探しているらしい。
そういうことなら、と私も腰を下ろすも
パラパラと独り言は続くばかり。
やれやれ、と文字通り腰を据えて
待つことしばし。
うむ?
うむむ?
なんだかちょっと空気が変わってきたみたい。
聞こえてくるのは、パラリとページを繰る音に
時折、笑い声。
探しているうちに
また一人でお話の世界に入っちゃったの・・・ね!
もうすっかり私の存在など忘れている没頭ぶりだ。
取り残された私は、
手持ち無沙汰に苦笑い。
そして、友達と別れるや否や、
それきた!とばかりに
借りてきた本を歩き読みしながら帰っていた小学生時代を思い出した。
大人達に何度も注意されたのに
ちっとも懲りなかったこと。
踏切待ちは、止まってじっくり読めるので「ラッキー!」だったこと。
挨拶もできないし、危ないでしょうという母の言い分は
十二分に分かっていながらも
今読みたい、すぐ読みたい
その気持ちに屈してしまうしか術がなかったこと。
ひとしきり読み終えた娘は
満足そうに立ち上がる。
「おやつ食べて、宿題して、
それから、バイオリンだねえ。
次は○もらえたらいいなあ・・・」
すっかりと気持ちを切り替えて、てきぱきと口にする彼女に
私も立ち上がりながら、「○もらえるように頑張ろう」と声をかける。
一応、母然として。
そして同時に‘えらいねえ’と心の中で呟いたりもする。
ママはね、ピアノを習ってはいたけれど
いかにしてピアノの練習中に本を読むか、を
しょっちゅう考えているような子供だったんだよね。
考えるだけでなく実行に移したことも 実は結構、ある。
本を膝にのっけて、片手の練習ばっかりしたり
楽譜立てに、本を立てて読んでみたり。
階下にいるママのお母さんが聞き耳をたてているから
いざとあらば、自分の演奏を録音して流しておこうかと画策したり。
なかなか○をもらえなくても当然ね。
でも読みたいものが目の前にある時、
どうしてもその魅力に抗えない時、(まさしく、それこそ、いざという時!)
そんな時は 大好きな音楽の為であっても
その誘惑に屈するしか術がなかったの。
そう、術がなかったの・・・
とでも言い訳しておきましょ。
もちろん、こんなこと
まだまだ あなたには告白できませんけれどね。
(2009.2.11)