冬時間
にもかかわらず
今にして思えば、
春を前にこの詩に出会ったことは
偶然ではなかったのかもしれない。
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五月の風にのって
英語の朗読がきこえてくる
裏の家の大学生の声
ついで日本語の逐次訳が追いかける
どこかで発表しなければならないのか
よそゆきの気取った声で
英語と日本語交互に織りなし
その若々しさに
手を休め
聴きいれば
この失敗にもかかわらず・・・・・・
この失敗にもかかわらず・・・・・・
そこで はたりと 沈黙がきた
どうしたの?その先は
失恋の痛手にわかに疼きだしたのか
あるいは深い思索の淵に
突然ひきずり込まれたのか
吹きぬける風に
ふたたび彼の声はのらず
あとはライラックの匂いばかり
原文は知らないが
あとは私が続けよう
そう
この失敗にもかかわらず
私もまた生きてゆかねばならない
なぜかは知らず
生きている以上、生きものの味方をして
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詩の中の「失敗」という言葉を
入れ替えてみる。
「哀しみ」あるいは「やるせなさ」に。
「苦しみ」もしくは「切なさ」に。
にもかかわらず、やはり私は生きていて
長いため息と共にそれら全てを吐き出して
いつの間にか 今年の春は暮れていた。
折しも、世界のあちこちから
想像を絶する災害に見舞われ
涙に暮れる人々のニュースが飛び込んでくる。
この現実をどう受け止めよう。
にもかかわらず
私達は生きていかなくてはならない・・・のですか。
にもかかわらず
私達は生きていかなくてはならない・・・のですね。
晴れ上がった青い空に
確認するように、訊いてみる。
「落ちこぼれ」茨木のりこ詩集より
(理論社)
(2008.5.18)