冬時間
闊歩する5月
緑がぐんぐん濃くなって
風薫る新緑の季節は おもてを歩きたくなる。
思い切り空気を吸って 緑と光のシャワーをあびると
細胞のすみずみまでが喜ぶようで
いつもは完全なる出不精な私も この季節だけはよく歩く。
とりわけ、よく歩いた年があった。
たいてい毎日。 片道30分。
お供のテープはきまってアメリカの音楽だ。
リズムが跳ね、スウィングする。
前へ前へと 体も気持ちも押し進めてくれる
それはまさに 闊歩する音楽。
ジャズにも似た高揚感と、
都会的な解放感とにあふれた
とても気持ちのよいピアノだった。
とりわけ ガーシュウィンの「アイ ゴット リズム」は
短くともとても魅力的な一曲で 大好きだった。
Rhapsody In Blue
Yuko Mihune Plays American Composers.
Fun House
そうやって歩いて通った先で 手にしたものは
運転免許証。
運動神経に問題ありのため、 実際に免許が手にできたのは6月だったけれど
私ははじめての車を「MAY」と名付けた。
毎日歩いた緑の道が、教習車の窓をふきぬけるさわやかな風が
私の車との出会いを大きく印象づけたからであり、
また教習コースにある緑のトンネルは 5月がすばらしく美しく
自分の車を持ったら、何度でもそこへ行こうと思ったからでもある。
普通 世間では車に名前はつけないらしい。
けれども車に名前をつけることは ペットに名前をつけると同じくらい
我が家では自然であたりまえのことだった。
少なくとも私も妹も そう信じて大きくなった。
なにしろ物心ついた時から 父の車には「イングリット」という
父の好きな女優の名前がついており
私達家族は どこへ行くときもはその車に乗ってきたからだ。
私が本物のイングリット・バーグマンを知った時、
父は 第二のイングリットに乗り換えていた。
今年もまた、5月が来て、
6歳年下の妹も とうとう免許をとった。
姉に劣らず 慣れない運転に苦戦し、「朝練」までしてるらしい。
本人が本気なだけに、その奮闘ぶりを聞くのが楽しくてついつい話題は運転のこと。
車線変更、バック駐車、うねうね道はお断り、
前進あるのみの私にアドバイスを求める妹も妹なら
したり顔で助言する姉も姉だ。
「ところで、名前何にした?」
「なんの?」
「なんのって、車に決まってるでしょ」
「・・・・つけるわけないじゃない!」
いいよ、いいよ。
ちょっぴり裏切られた気分で、ちょっぴり可笑しく電話を切る。
光を通した白いカーテンが、ゆうらり風に揺れ、手招きしている。
気持ちのよい天気だ。
さあ、でかけよう。
今日は「May」には留守番してもらって、歩いて行こう。
ざくざく、てくてく、 歩いていこう。
闊歩する季節の 日射しは明るい。