冬時間
光景
まな板の上に、じゃがいも。
半分皮をむかれたままの姿で転がっていて、
澱粉質で刃先が白く乾いた包丁が
その横に、投げ出されたように置かれている。
テーブルの上には、まだ袋に入ったままの人参。
冷蔵庫から出したばかりだ。
ベルが鳴った時、
ちょうど食事の支度をしようとしていた。
受話器の向こうで、
妹が声をつまらせている。
こみあげてくるものに押しつぶされそうな
彼女自身が、苦しんでいる声だった。
話すことで、その光景からの重圧を減らそうとし、
話すことで、しかしまた、その光景を思い出し、苦しみ
話すことで、それを乗り越えようとしているかのようだった。
彼女は、この春
実際の医療の場で実習をはじめたばかりの医大生だ。
その日、乗り合わせた救急車で
年に数えるほどしかないくらい重傷の患者さんが搬送されたという。
工事現場の大きな事故だったそうだ。
痛みに暴れる患者さんと、
必死に応急処置を施そうとする救命医師、
そして 妹。
狭い救急車の中で、どんな光景が繰り広げられていたのか。
「忘れられない・・・と思う」
彼女はそう言った。
それ以上でも、それ以下でもなく、
今の彼女にとって その光景がすべて、だったのだと思う。
これまでも沢山の病気や怪我、
そして「死」というものの姿と向き合ってきたことなど
何の役にも立ちはしなかったほど
それは圧倒的な光景であり、現実だったのだろう。
ひとりひとり、それぞれに命は重く
ひとつひとつ、そのあり方の光景は違う。
そして 誰もがそれをひとつしか持ち得ない。
そのひとつを巡る、それは壮絶な闘いの光景だったのだ。
生かそうとする人間たちの、必死の努力。
生きようとする人間の、命の限界。
その狭間で、動かせない現実というものが
やはり、ある。
すでに致命傷を負っていたという。
病院に着き、全て手を尽くした後、
亡骸となった彼の服から落ちてきた携帯電話で
家族にようやく連絡がついたそうだ。
朝、元気に送り出した我が子の死を突然知らされる母親の気持ちを
どう想像したらよいのだろう。
そもそも自分の命が今日、ぷつんと途切れることがあろうなどと
誰が思って生きているだろうか。
でも、それが現実だった。
そのあっけないまでに 動かしがたい事実。
それを肌で思い知らされる時の苦悩。
医師として、人間ととして、
それを受け止めるまでの葛藤。
電話の向こうで
ひっそり涙をぬぐう妹が見える気がした。
目の前に転がるじゃがいもや、
つややかに横たわる人参を
私は受話器を握りしめたまま見つめている。
たった今まで私の現実の中心にあったそれらは、
今では妙にしらじらしく暢気で
どこか場違いなオブジェのようにもみえる。
窓の外からの救急車のサイレンに
「きゅうきゅうしゃ きゅうきゅうしゃ!」と
娘が自慢気に、何度も声をあげる。
静かな午後の部屋に
転がる野菜と、響き渡る無邪気な声と。
その いかにも平和な光景に重なった、苦しい現実の光景を、
私も、また 決して忘れることはないだろう。
(2003.6.07)