冬時間
Ladies in Lavender
ーラヴェンダーの咲く庭でー
コーンウォールの潮騒の中、
ざくざくと海岸の石を踏みしめながら
ふたつの後ろ姿が遠ざかってゆく。
その背中には、人生への、
往々にしてままならない 人生というものへの諦め、
そしてそれをも包み込む慈しみ、とでもいえるものが
滲んでいるようにも思う。
イングランドの夏は、短い。
短いけれど、それは一年分の美しさを凝縮した特別な季節だ。
彼女達の人生の夏、おそらく最後の夏も又、短かく
そして、特別な輝きに満ちたものだった。
映画「ラヴェンダーの咲く庭で」を観ました。
海辺にひっそりと暮らす老姉妹のもとに、
若き青年が流れ着く。
彼は才能溢れるヴァイオリニスト。
突然彼女たちの人生に登場した この若き音楽家がもたらしたものは・・・
観る前から、ある意味
展開の予想がつくストーリーであるのに
実際、想像していた通りの流れであったのに
予想を遙かに上回る、素晴らしい作品であったことに
今なお、その余韻の中にいます。
脚本や演出の妙。もちろん。
印象的な音楽。もっとも。
風景の美しさ。あるいは。
けれども、何よりもこの映画を、これほどまでの作品に高めたのは
老姉妹を演じた、二人の女優の演技力ではないでしょうか。
その表情、その佇まい、その存在そのもの。
そこに、生身の人間の全てがあったように思うのです。
私は今でも、風の強い海辺の家に
あの二人が暮らしているような気がしてなりません、
シート数はほんのわずかな小さな映画館です。
お客さんはその8割程度だったでしょうか、
こじんまりとした観衆は
エンドクレジットが流れても
誰一人、帰り支度をする者も
もちろん席を立つ人もありませんでした。
そっと 涙をふいていた人が多かったと思います。
号泣ではなく、
最後に、少し涙をぬぐう。
まさに、これはそんな映画。
場内が明るくなる頃には、涙もほぼ乾き、
ただただ、心の中だけが
あたたかく 潤っているのでした。
この映画を「大人のおとぎ話」と評した文もあります。
なるほど、
少しこそばゆい表現ではあるけれど、
そうも言えるかも知れません。
現実の世界においては
おとぎ話のように、
夢のような出来事はそう滅多に起こらないことを
私達は既に、知っています。
日常は、夢物語ではないのです。
けれども、
私はこうも思うのです。
このような物語に出逢えること自体が
人生のおとぎ話なのかもしれない、と。
いや、こんなにも感情豊かで
それを様々な形で表現できる私達こそが
フェアリーテイルの住人足り得るのではないか、と。
はじめ感傷的に過ぎると思ったテーマ曲も
今では、この加減こそはふさわしいと思うようになりました。
「ラヴェンダーの咲く庭で」
この一編の映画を
‘心の宝箱’にしまっておきたい、
そう思っています。
*トップ写真・オリジナルサウンドトラックより
(2005.10.30)