冬時間
「思い出のマーニー」
秋の海。
気がつくと、娘も、万蔵氏も
砂浜にうずくまって何かしら手を動かしています。
覗いてみるとやっているのは二人とも同じ。
貝殻でMARNIEの文字を作っているのでした。
イギリスの作家ジョーン・ロビンソンの
「マーニーの思い出」という作品に出会えたことは、
この秋の大きな喜びでした。
まず万蔵氏が読み
私と娘はゆっくり読み進んでいきました。
声に出して読む章もあれば
それぞれが黙読する章もあり・・・
いよいよ物語が佳境に入る下巻の後半は、
自分自身でその世界に浸りたいとばかり
お互い一人で読み耽りました。
読み終えた時の、
不思議で、あたたかで、揺るぎのない幸福感に心が満たされた感じは
三人とも同じだったのではと思います。
とりわけ、娘にとってはこういう読書体験は初めてだったでしょう。
素晴らしい作品は、まるで旅にでもでかけるように
その世界にまるごと連れていってくれるものだ。
そんなことを私も久しぶりに実感しました。
舞台はイングランドのノーフォーク地方。
ロンドンからその海辺の田舎町に預けられた少女アンナと
そこで出会うマーニーとの物語です。
海、入り江、砂丘、そして湿地帯。
物語のベースとして
その独特の地形と風土が大きな役割を果たしています。
作品中、湿地帯に生息する「アッケシ草」という植物がでてきました。
初めて聞く名前。
どんな植物なのか調べてみると、ヨーロッパでは広く見られるものの
日本では絶滅が危ぶまれている絶滅危惧二類に指定されていること、
現在、見ることができるのは国内三カ所だけで
そのひとつが岡山県の寄島町だということが分かりました。
私達の暮らす場所からは車で二時間ほどでしょうか、
「本物のアッケシ草を見に行ってみよう!」
浜辺から徒歩数分、
色づきはじめたアッケシ草が広がっていました。
遠くから見るとそれはまるでヒースのよう。
赤紫色の向こう、ひっそりと繋がれた白いボートが
まるでアンナとマーニーのものに思えたりもしました。
‘その日も、静かな、灰色の、
真珠のような感じの日でした。
風はなく、こんな天気の日には
空と水は一つにとけ合ったように見え、
なにもかもが
やわらかく、さびしく、
夢の中のようにぼんやりしていました。’
「思い出のマーニー」
どうしてこれほど心に残る作品だったのでしょう。
内容に、文章表現に、雰囲気に・・・
その確かな魅力はいくつもの言葉として語ることができるでしょう。
でもそれら全てをひと言で表すとするなら
上記に挙げた文中のフレーズに行き着くかもしれません。
読書中、私はずっとそんな中を
夢見るようにたゆとっていましたから。
「思い出のマーニー」
ジョーン・ロビンソン作
松野正子 訳
(岩波少年文庫)
(2010.10.30)