冬時間
掌の楽しみ
普段使いのディナーナイフの柄が折れた。
もともと近所の雑貨屋で気軽に購入したものだったから
7年近くもってくれたのは上出来というべきかもしれない。
さて次は、と思いを巡らし
あちこちで物色する。
残念ながら購入候補には挙がらないけれど
やはり銀のやわらかな輝きは格別だ。
それは、しっとりと丸みを帯びた光で
見つめていると
このフレーズが思い出されてくる。
「オードヴルが出ると、
夫人は秋らしいナイフのひんやりとした重い感触を掌(てのひら)に楽しみながら
早速弁舌をふるいだした」
(「永すぎた春」三島由紀夫・作)
おそらく銀のナイフだったろう。
ひんやりと、そしてほどよく手に重いさまも
静かに白い輝きを放つさまも
秋の午後にどれだけ似つかわしいものであったか。
物語の中では決して心楽しいシーンではないけれど
読み手として、忘れられず心に残るシーンだ。
「秋らしいナイフのひんやりとした重い感触を掌に楽しみながら・・・」
銀のカトラリーを前に 右手がそのフレーズをうっとりと楽しんでいる。
頬も緩んでいたかもしれない。
その様子は、ショーケースの中のご馳走に
ごくり、と喉を鳴らす子供のようだったに違いない。
ふと我に帰ると恥ずかしく
うずうずする右手を慌ててひっこめて
急ぎ足に売り場を立ち去る有様なのだった。
(2008.2.10)