冬時間
POWER
チケットも、パスポートも
荷物さえ持たない。
「用もないのに」と笑うことなかれ。
手ぶらで空港に行くのには
もちろん大切な用があってのことだ。
飛行機は大きい。
その姿も、音もとても大きいけれど
デッキに立つまで
それがどんなに大きいかということを
いつも忘れている。
それがどんな風に 空に飛び立ってゆくのかを
いつも忘れている。
いや、忘れているわけではなく
直に この目と、この耳とで確かめるまで
その圧倒的なPOWERを思い出せないだけなのかもしれない。
それはやみくもの力ではなく
冷静で、秩序だった、美しい力だ。
人の知の大きさが 形をとって
大空に滑り出している、
飛行機を見ていると
いつもそんな感動で
胸がふるえて止まない。
いつだったか、
その手のこととは まったくもって縁遠い性質の妹が
F1に心惹かれる、と突然 言い出したことがある。
曰く、
人それぞれが持つ力と、それを結集した技術が手を取り合うとき
そこに創り出される力の大きさに
心打たれるのだ、と。
マシンとドライバーとピットクルー
そしてその場所にはいない多くの人々の見えない力までもが
ただ一点の最高の力となって疾走する
その姿に
計り知れない可能性と魅力を感じるのだ、と。
彼女のその高揚感は、
何度も何度も、デッキに立つ私のそれと
多分、よく似ている。
ときどき 空港へ行く。
チケットも、パスポートも
荷物さえ持たず、
手ぶらで行って ただ飛行機を見る。
POWERを全身に受け止めるために。
(2003.4.12)