冬時間
さがしもの
昨年の秋、
長いこと欲しいと思っていたバターケースを
ようやく見つけました。
バターケースが欲しいと思いつつも
‘こんな風なもの’という具体的なイメージはなく、
かといって あちこちで見かける陶器やガラス製のものは
自分の求めるバターケースとは 少し異なる趣だったので
桜の木で作られたこのケースに出会えたときには
ああ、これ これ!これと出逢うのを待っていたんだ、
と嬉しくなったものです。
いたってシンプルな形で優しい風合いなので
食卓に出しても 重たすぎず 雰囲気もあります。
この春の引っ越しの際に蓋についてしまった傷も
それはそれで 思い出に。
さりげないアイテムだけど
これからもずっと
家族と共に年を重ねてゆきたいもののひとつです。
「あれ、このバタケース何かに似ている・・・」
実はこのバターケースを見た瞬間に そう思いました。
しばらくして思い出したのですが
高校生の頃使っていた筆箱と
素っ気ないほどの佇まいが それはよく似ているのです。
そう、あの時もそうでした。
高校に入学する春、
どうしても木製の筆箱が欲しいと
あちこち熱心に探し回ったのです。
小さな田舎町の商店街のこと。
そもそも木製の筆箱など 置いてあるところも
ほとんどありませんでしたが
それでも歩いて歩いて 探し回っていれば
出会えたりするものなのでした。
ほら、ね!
きっと、万事がそんなふう。
さがしものにはあまり労を惜しまないし
出会えるまで その機会を待ち続ける。
そして出会えたときには あまり躊躇しない。
‘ただの木箱’のバターケースと筆箱を前に思います。
探し方も好きな物もあまり変わらないのかもしれない。
そして こうやってこれからもいろんなものと出会ってゆくのだろうな、と。
もっとも 「とりあえず、では買わないの」と言い
なかなか財布の紐を開かないことが多い反面、
気に入ったページがあれば たとえそれがたった1ページでも
ためらいなく 雑誌に千円も出してしまえる私の感覚に
万蔵氏は 呆れているのでしょうけれど!
さがしものには時間がかかるときもあれば、
一瞬で出会えるものもあるのですよ。
(2001.7.14)