冬時間
スノーフレークのお皿
それは本当に偶然のことだったのです。
昨年、妹と訪れた京都、
計画の段階から楽しみにしていたアンティークセンターでは
期待していたような出会いには恵まれず
日も暮れかけた2月の町を
ただひたすら地下鉄の駅めざして歩いていた時のことでした。
とにかく寒いし、お腹はすくし、
ブーツの底で足が悲鳴をあげはじめていたその時、
道沿いに白くかわいらしいお店を見つけたのでした。
窓から覗いてみると 店全体が見渡せるほどの小さな佇まいですが
アルミのコーヒーポットや、刺繍の入ったクロスなどが
所狭しと並べてあります。
思わず妹の手を引いてドアへ向かっていました。
高まる気持ちをなだめつつ 店内を見ていたその時、
それが目に入ったのです。
そして私の目は釘付けに!
それはレジの奥、店の隅に置かれた雑多な机の上に
まだ値札もつけられない状態で
他の雑貨たちと一緒に置かれていましたが
私にはすぐそれが、あのお皿だと分かりました。
イギリスのお母さんと慕うアンが持っている
雪の結晶がモチーフのお皿。
「結婚した時に、夫が買ってくれたものなの」
なるほど、現在のアンの食卓に登場する器は
シックで洗練されたものが多いのですが
この雪のお皿は モチーフからして
愛らしく 若々しい。
ガラス独特の透明度をたたえた乳白色と質感が個性的なOld Pyrexは*
ほどよく甘くカジュアルで
まだ若かったアンが新婚生活の器に選んだというのも
よく分かります。
自然光よりも、夜、部屋に灯したあかりの下が似合う、
親しい人とのプライヴェートなシーンで使いたい器。
「でも、この数十年の間に割れたりして
残りはもうたった2枚」
そう言って、アンはセットで使う必要のない時に
ちょっとしたデザートを盛ったりしていたのでした。
ここ数十年のアンの人生。
食器を買ってくれたという最愛の旦那様との死別も
その間に彼女は経験していました。
今では共に食事をしたり、買い物へ行くボーイフレンドはいますが
私が「結婚するの?」とからかうと
「私にとって夫となりえるのは 彼だけだから」と
首を横に振り きっぱりと答えるのでした。
アンに旦那様の話を聞くことも
雪の結晶のモチーフも好きな私は
もちろん その食器が大好きで
果物やパイがそれで供されるととても嬉しかったものです。
店員さんに頼んで実際に手にしたそのお皿は
まさしくアンの持つお皿と同じものでした。
「これは いつ頃のものですか?」
「イギリスの50年代のものです」
「・・・やっぱり」
お店で売られていたのも たった2枚のみ。
状態もとてもよいものでしたから
私は迷わずその2枚を買うことに決めました。
まさか冬の京都で
しかも偶然に このお皿に出会えるなんて。
アンに知らせなきゃ、万蔵氏もびっくりするぞ、
ああ、早くホテルに帰ってもう一度ゆっくり眺めたい・・・
駅へ向かう足どりはもはや軽く
気持ちはほくほくと温かなのでした。
雪の結晶が並ぶこのお皿。
今も ときどき出してみては
お菓子を乗せたり、
ドレッサーに飾ったりして楽しんでいます。
その幸運な偶然を思いながら ふと微笑みがこぼれたり。
そして それはまた
アンやイギリスに思いを馳せる幸福な時間でもあるのです。
* Pyrexは1915年 鉄道用の耐熱ガラスを作る上で養ったノウハウに基づき
Corning Glass Works社が製造した 丈夫なガラス製品です。
40-60年代の盛んに発表され 現在は製造されていないOld
Pyrexと呼ばれる物は特に人気があります。
(2002.3.11)