冬時間
春風のころ
高校生になる直前の春休み、
4月からの自転車通学に備えて
新しい自転車を買ってもらうことになった。
近所のお店には品数も少なかったので
カタログを見て検討する。
憧れの制服を着てペダルを漕ぐ姿を想像しながら
ページをめくるのは
わくわくと心弾む時間だった。
ところが、私が「これ!」と決めた自転車は
あっけなく却下された。
理由は簡単、予算オーバーだったから。
あれこれと食い下がってはみたものの、全く歯は立たず。
私が選んだ自転車は、
水色と黄緑色の中間のような微妙な色合いで
そこにこそ惹かれていたのに
カタログでその隣りに並ぶ水色の自転車と「何が違うのだ」と
父は譲らない。
違う、違う、全然違う!
けれどもこういう時の父はとても頑固で融通が利かず
物を買うということに とても厳しい人だった。
悔しいやら、悲しいやら、
私は希望の自転車を諦めるしかなかった。
ところが、数日後
玄関先に届けられた自転車は
私が望んでいたものだった。
春の光の中で、一度は諦めた自転車の
空色と草色が混じり合ったような色合いが眩しかった。
想像さえしていなかったから
嬉しさも、ひとしお。
らしくない父の計らいもくすぐったく
今なお、その時のことは忘れられない。
高校が始まるまで、その自転車であちこちを駆けた。
ささやかな夢のひとつも その自転車と実現させた。
それは、たっぷりのかすみ草を買って帰ること。
当時、かすみ草は一番好きな花で
おそらくお小遣いを出して買った初めての花だったと思う。
ふんわりと白い束を自転車のカゴに入れて
新しい自転車で町を行く。
あの時ほど、春風がやさしく、
ペダルが軽かったことはないかもしれない。
(2008.3.12)