冬時間
シューマンの翼
‘幻想曲 ハ長調 作品17’
シューマンのピアノ曲の中でも とりわけ惹かれる作品だ。
どこまでも
どこまでも
追いつめられ、
切羽詰まった悲壮感の最果てに、
広がる翼が見える。
それは
苦しみや哀しみさえも昇華してゆくような大きな翼。
最後の最後、
ぎりぎりの所で翼が大きく振られるとき、
五線譜に記された音という音は
あたかも鳴り続ける鐘のように、体中に響き渡り、
そして その波に身を任せているうちに
それまでの苦悩は 清々しさに変わっていることに気づくのだ。
それは覚悟を決めた者だけに宿る、清々しさ。
きっぱりと潔く、
明るささえ覗かせて。
眠りにつく前、
よくシューマンの小曲集を選ぶ。
詩情溢れる13のメロディーの中に
幻想曲にみる狂おしいまでの激情は 微塵もない。
‘子供の情景’と題されたこの小曲集は
子供の姿をリアルタイムで写し取っているわけではなく、
懐かしいアルバムを開くような・・・
そんな追想から紡ぎ出された旋律なのだという。
曲そのものも、あくまでも大人のための音楽で
後に作曲された‘子供の為のアルバム’とは明らかに趣旨が異なる。
子供の世界すべてが
そうした温かさで満ちているわけではないけれど
振り返ってみる時、
かつて子供だった私達は 確かにその時期にしか持ち得ないぬくもりというものを
見いだせるのかもしれない。
夢見るような甘いメロディーに 彼はそれを重ねた。
シューマンは魂を病んでこの世を去った。
けれども彼には
何者にも囚われない翼があったのかもしれない。
とっぷりと溺れるような幸福な記憶に辿り着くための
時を遡る翼ばかりでなく、
もっと広い世界、
心を解放に導いてくれる世界への翼をも
彼は持っていたのではなかろうか。
暗い翳りを見せる旋律の中ですら、
必ずやそれに寄りそう羽根を感じさせる彼の音楽を聞くと
いつもそう思わずにはいられない。
(2004.2.15)