冬時間
「そとは ただ 春」
確かに、桜は咲いたけれど
それは、冷えた空気に白くふるえ、
いつまでもカーディガンを手放せない春だった。
爛漫、などという時期は
いつ過ぎてしまったのだろうか、
そもそも そんなものはあったのだろうかと
南の梅雨入りのニュースを聞きながら思う。
「そとは、ただ、春」という詩集を開く度、
いや、その言葉の響きを耳にするだけで、
たちどころに
いつかの春の野に居る。
頬をなでる風、
そのなまあたたかさ。
時間は、おそらくお昼前くらい。
空は、うす青く
川面は凪いで
私は、一人ぽっち。
ただ、春。
詩のはじまりは、こんな風。
‘そとは、ただ、春
あたりはあまく、どこもどろんこ
足のわるい風船売りが
口笛をふく
とおくまで、かすかな音色’
春の中の私は
風船売りの吹く口笛のように、
はたまた、その風船の行方のように
たよりなく、所在なげ。
だって、春なのだ。
そとは、ただ、春 なのだ。
それ以外、言いようがない。
そとは ただ 春。
そんな春は、今もどこかにあるのだろうか。
いつかまた、出逢えるだろうか。
‘そとは、春
どこもかしこも、ぐちゃぐちゃにすてき’
読みあげると、
いつもこのフレーズで不可思議な表情をする娘も
いつか、さも、と思う日が来るのだろうか。
*そとは ただ 春*
詩・E.Eカミングス
絵・ハイディ ゴーネル
訳・えくにかおり
(パルコ出版)
(2007.5.15)