冬時間
放課後の「イェスタデイ」
洗濯物を取り込み忘れていて
あわててベランダに出ると
すでに陽は落ちている。
つるべ落としの秋の夕暮れ
闇はとっぷりと濃く、静かだ。
思わず確かめてみても
時計の針はまだ、つい先日まで子供達が遊んでいた時間を差している。
ふいに、静寂は破られ
見下ろすと、マンションの中庭を横切る自転車の集団。
賑やかな声の主は、帰宅中の中学生達だと知る。
文化祭が近づくこの時期、
私もこうして暮れた家路を辿ったっけ・・・
心地よい夜風に 記憶をふっと呼び起こされる。
私は吹奏楽部に属していたので
文化祭前は、そのステージに向けた練習があった。
けれども、放課後、私がまっすぐ向かったのは
3階の音楽室ではなく、2階にある図書室。
本番が近づき、課題は多い。
後輩が待っていて、もちろん気にはなる。
けれども、図書委員としての役割もあったので
練習に遅れて行かざるをえない・・・
いや、
練習に遅れていけるという恩恵に預かれるのだった。
実際、放課後の図書室になど
さしたる仕事があるわけではない。
カウンターの奥に座り、
どことなくうしろめたさも覚えながら、
上階から聞こえくる音階練習を聞く。
しばらくすると、音がやみ
顧問が来たであろうことが分かる。
気まぐれな先生が 今日は機嫌が悪くありませんようにと願いつつ
こちらも そろそろ閉館の準備だ。
時間稼ぎをしながら、ゆっくりと後かたづけ。
やがて文化祭の為の曲が、はじまり
観念して、図書室を閉めると
長い廊下に響きはじめるのは
ビートルズの「イェスタデイ」の旋律。
両手に洗濯物を抱えたベランダで、
思い出すのはその光景。
誰一人生徒のいない、
西日の満ちた放課後の廊下。
そして、「イェスタデイ」
歌詞の意味など知るはずもなかった。
ただ無邪気に 音符の連なりをなぞり、
それでも十分に、切なく響いたのはなぜだろう。
Yesterday all my trobles seemed so far away
Now it looks as though they're here to stay.
明るい声の集団はすっかり走り去り、
住宅地は又、静けさに包まれている。
(2007.10.4)