Apple Crumble Cake


  

‘秋のキッチンもわたしの好きな場所である。
瓶詰めづくりの季節だから。
ジャムにゼリー、チャツネにピクルス、
フルーツバター、フルーツチーズ
そしてクリスマスまでお預けのミンスミートを作って過ごす
愉快なひととき。’

なんとも心躍る描写、
英国の小説家、スーザン・ヒルが
オクスフォードにほど近いバーリー村での
四季折々の雑記をまとめた
‘The magic apple tree'からの抜粋です。
私もキッチンで過ごす秋はとりわけ好き。
風が少し冷たくて、日差しが金色の午後、
ケーキを焼いたり、
スープやシチューを煮込んだり、と
時間のかかる台所仕事の合間に
こんな文章が片わらにあれば、
満ち足りた気分になるし
今日のように英国テイストの焼き菓子、
クランブルをのせたアップルケーキが
オーブンの中で焼き上がっている時などは
文句なしにしあわせです。


バーリー村の秋は、色鮮やか。
プラムやスモモ
そしていろんな種類の林檎が実り、
家々の門には「ご自由にどうぞ」の張り紙。
それぞれの果物は、時にお酒に、時にお菓子に、
そして時に
‘冬の日曜日、焼きたてのパンにぬっていただこう’と
巡り来る次の季節にむけてジャムにされてゆくのです。
バーリー村の秋は、賑やか。
恒例の婦人会の即売会では
各人が丹誠込めて育てた野菜や花、
腕をふるった焼き菓子が並び
それぞれが‘相手を代えるダンスのように’買い手がつく勢い。
そんな場にはきっと
こんな素朴なクランブルケーキも出品されたに違いない・・・
などと想像しながら楽しくページをめくります。

このエッセイ集、
邦題では「イングランド田園賛歌」として
出版されていますが
そのどこか夢見がちな雰囲気とは異なり、
実際の内容は 地に足のついた自然と生活の記録。
丁寧な自然描写はもとより
文章から滲みでる、たくましさと繊細さを併せ持つヒルの素顔も
魅力的です。
また、作品や作家に対する愛情、
英国に対するあたたかくも冷静な観察力が感じられる
訳者後書きも 印象的な文章。
曰く、
‘英国の田園は、言葉には尽くせぬほどに美しい。
それは見る者の目に明かです。
が、その美しさの源に、
観光客として訪れた異邦人には見えにくい
「なにか」があると思えます。
英国に生まれ、
英国に根を張って暮らしているヒルの文章を読んでいると、
その「なにか」が垣間見えてくる
・・・・「なにか」、すなわち孤独を愛する心です。
英国の田園が、ときに、この世の他とも思えるほどに深閑として美しいのは
そこに生きる人々が、良い意味で孤独だからではないでしょうか。
孤独を愛する人々は、自然をいとしみ、自然を畏れ、
自然に抱かれて生きることができますから’
 

英国の田園に想いを寄せずにはいられない私。
一異邦人の私が見ている英国の田園の魅力も
その‘なにか’にあるのだろうか、
これほど惹かれる理由が、その’なにか’にあるのかどうか、
これからも 自らが緑の地に趣き、
また スーザン・ヒルの文章を読み、
ゆっくり時間をかけてその謎解きをしてゆこうと思っています。

・新聞に連載されたこのエッセイは 
1982年、ジョン・ローレンスの版画を散りばめられた美しい本にまとめられ
英国ではいまなおロングセラーなのだそうです・

(2002.10.12)
     

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