English Farmhouse Cake
 
 

20世紀初頭の英国のノーベル賞作家、
ジョン・ゴールズワージー。
彼の小品「林檎の木」を久々に読み返してみました。
はじめてこの本を手にとったのも
ちょうどこの季節。
確か、高校1年生か2年生の時のことです。
夏休み間近のお昼休み
一人になりたくて図書室にかけ込み
題名にひかれて 借りてみた一冊でした。

ストーリーだけを言ってしまえば
ありふれた物語かもしれません。
デボンを旅行中のケンブリッジ卒のエリート弁護士
アシャーストは
農場の娘ミーガンと熱烈な恋に落ちる。
愛さえあれば境遇や立場の違いなど、と 
いわば盲目的に駆け落ちを考えついたアシャーストだったが
町へでて普段の自分の世界、
すなわちミーガンの住む世界とは対極の
社交や都会や優雅な習慣の中にあらためて身を置いたとき
彼の中で何かが動き出す。
高ぶる感情によって突き動かされていた彼は
理性や現実と直面せざるをえなくなり
自分の行動に疑問を抱き始め・・・

確かに、決して目新しい展界ではないのですが
一度は確かなものだと確信したミーガンへの愛が
自分の中で少しずつ不安定なものになってゆき、
自分で自分が分からなくなってゆく
彼の葛藤の過程の描写は
なかなか読ませどころで、秀逸。
また、デボンの美しい自然の描写も
物語をよりいっそう楽しませてくれます。

この作品の中には、
‘サフランの香りをつけた 薄いふわふわのケーキ’など
ちょっぴり気になるお菓子が登場し、
そのお菓子が焼かれるであろう
農家の台所の描写もあります。
‘台所は白漆喰で塗ってあって、垂木には燻製のハムがかかっていた
そこには、窓敷居の上の植木鉢、釘に掛けた幾挺かの銃、
風変わりな湯飲み、陶器、金物、
それにヴィクトリヤ女王の肖像画などがあった。
高くつるした葱の下には、木製の細長いテーブルがあって、
鉢やスプーンが置いてあった。
番犬が二匹、猫が三匹あちこちにねそべっていた。’
読んでいると 私まで田舎風の焼き菓子が食べたくなり
イギリス料理の本からEnglish farmhouse cakeを。

また数日後、このお話を基に制作された映画‘サマーストーリー’も
久々に鑑賞。
原作と異なる展開もいくつかありますが
最後のシーンでは やはり涙をこらえるのがやっとでした。
あらためて読み返した「林檎の木」。
10代の頃よりも より親しみを覚えたように思います。
人間の気持ちのあやういバランス感、
また‘絶対的なもの’と信じているものが
いかに簡単に崩れ去るはかなさを持っているかを
私もそれなりに年を重ねてきたからか
以前より より共感を持って感じ取れてきたからなのでしょう。
次に読み返す時には どんな気持ちになるのでしょう・・・

*引用 「林檎の木」 
ゴールズワージー 著
   渡辺 万里 訳(新潮文庫)より

(2001.7.28)

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