Blue willow のある食卓
ーEveryday with Bluewillowーー
そういう理由で、おでかけした日 おやつにダックワースを買って帰りました。 さっくり、ふわっの口当たり、 苺のクリームが入った春らしいダックワースです。 あっちきょろきょろ、こっちてくてく、 すっかり疲れてしまったのでしょう、 帰りのバスで眠ってしまった娘は 帰宅後も3時過ぎまで眠り続けたのち、 遅い昼食と、おやつのダックワースをぺろりとたいらげました。 娘も2歳4ヶ月を迎え、 このところ、育児がぐんと楽になったように感じています。 彼女と過ごす時間が俄然楽しくなった、と言う方が正しいでしょうか。 一方的にお世話をしてあげる時期は終わり、 言葉で十分にコミュニケーションがとれる楽しさがある今、 「ママ、あのね・・・」と切りだしてくる彼女の話が とてもかわいらしく思え、心から楽しみです。 この日も私好みの雑貨店で「ママ、これ かわいいね」と ココロニクイ発言をしたかと思えば アイスクリームの上に乗っていたミントを見て「これ飾りかな、かわいいなあ」だなんて いっちょまえに言ったりして! 女同士の楽しみを少しずつ共有できるようになってきたのかしらん、と なんとなくくすぐったい気持ちの私です。 そういえば今、娘と二人して あるビデオに夢中になっています。 もともと 凝り症の私。 好きな料理研究家のビデオをひたすら繰り返し見ているうちに 横で見ていた娘もすっかり気に入ってしまった様子。 どうやら作る過程を見るのが面白いみたいで、 今では彼女の方から頻繁に「お料理のビデオが見たい」とリクエストされるようになってしまったのです。 いきなり娘に「オリーブオイルがね」だとか、「にんにくチューブを」 なんて言われてとまどっているだんなさま、 これで謎が解けたでしょうか? うふふ、でもね。 オリーブオイルは知っていても じぶんは「じんぶ!」 めがねは「めなげ!」 一ヶ月は「いかげっつ!」 まだなだオチビさんに変わりありません。 ウィロウの愉しみを分かち合えるのは、もう少し先のことのようです。 (2004.3.26) |
ほんの数年前までは 知名度が高いとは言えなかったスコーン。 今や かなり多くのお店が扱うようになってきました。 私も大好きで、新しい配合のレシピを見つけると 必ずといってよいほど試してみるのですが 先日、スコーン生地で作るケーキ‘コッツウォルドアップルケーキ’のレシピを見つけて 早速、焼いてみることにしました。 このケーキ、作り方が面白い! バターを溶かしたお鍋にそのまま小麦粉や砂糖といった材料を全部入れて混ぜるだけ、 あとは切ったりんごをサンドして型に入れて焼けばできあがり。 その手軽さたるや 打ち粉をして、型でぬいてゆくスコーンよりも簡単なのです。 お味の方も 文句なし。 ざっくりとしたスコーン生地の美味しさと、甘酸っぱいりんごが相まって とてもとても 数分でできたものとは思えません。 このケーキは、北野佐久子さんの新刊「イギリスのお菓子 楽しいティータイムめぐり」 (集英社be文庫)に載っていました。 近年ではイギリスのお菓子を扱った本も沢山、出版されるようになりましたが 10年以上も前に出会った北野さんの著作「イギリスのお菓子」(CBSソニー出版)が 私にとっては 一番大切なイギリス菓子の本です。 思い出もシミも、あちらこちらに染みついていて 数え切れないほどのレシピで作ってきたスコーンも、 結局は 食感や味など一番好みのものは北野さんのレシピなのです。 それでも、イギリスで食べた理想のスコーンには あとほんのちょっと届かない・・・ 新刊のエピローグで北野さんは、 イギリス菓子は どこにでもある材料で誰にでも手軽に作れるからこそ 材料の質が大切になるということ、 又、粗く精製されたイギリスの小麦粉と、きめの細かい日本の小麦粉では どうしても焼き上がりが違ってしまうということを書かれていました。 美味しいんだけど、あとほんのちょっと何か足りない・・・ その‘あとほんのちょっと’はそこかもしれないなあ。 渡英時のおみやげリストに、粗挽き小麦粉が加わったのは言うまでもありません! それにしても 同郷のお菓子を載せたウィロウはやはりひときわ輝いています。 そういえば、思い出深い北野さんの本の中でも スコーンはウィロウのお皿で紹介されていましたっけ。 「イギリスのお菓子」 -Traditional Homemade Sweets in England- 著者ご専門のハーブ 内容はもちろん、写真やレイアウトから 品があり大好きな一冊。 結婚したらなんと旦那さまの本棚にも同じものがあり とても驚いたものでした。 宝物とといえる一冊です。 (2004.3.14) |
溜まった宿題や気の重い進路相談、 |
外はこんなに静かな冬なのに 心の中も、世の中も、騒々しくて苦しくて 彼女の世界に入ってゆきたくなりました。 数年前の冬に読んだ一冊を取り出してみます。 須賀敦子氏の追悼特集が組まれたムック。 ぱらぱらとめくっているうちに 須賀氏から教えを受けた脚本家の方の文章に目が留まりました。 須賀氏は大学の授業で、庄野潤三氏の「静物」を熱心に講義され 「驚異的に完潔な言葉で 生活のディーテイルのみを 水彩画のように描き出している。 そしてそのディーテイルこそが美しさの本質で かつ、人間の経験のもっとも基本的なものであることを証明している」 そして又、「この生活におけるつまらないほんの小さな経験こそが人生を紡ぎ出す一本一本の糸だ」 と述べられたそう。 「静物」を読んでみたい、そう思いました。 そしてもし、彼女の言うように 日々重ねてゆく生活というものディーテイルにこそ美しさがあるとするならば、 私の日常の中の、たいていの季節に、時間に、感情に、 6年間もずっと寄り添ってくれているブルーウィロウもまた、 そのディーティルのひとつではないかという気もしてくるのです。 もともとは、言うなればただの器にすぎません けれども さまざまな想いを分かち合いながら生活を共にする物は、 いつしか単なる’物’という存在を越え 確かに、人生のディーテイルにもなりうるのではないでしょうか。 「生活のディーテイルを もし美しく思うなら きっと脚本でもなく、小説でもなく、エッセイに行き着くかもしれない」 脚本家の方は、そんな風に書かれていました。 そして、「人生の過去も現在も未来も再構築して描き、 憎しみも哀しみも嬉しさも愛しさも全て昇華させるために」 須賀氏はエッセイを書くことを選ばれたのだろう、と。 ウィロウをめぐる日常を書いてゆくというこの作業も 私にとってはある意味、日々の再構築であるともいえます。 あまりにささやかではあるけれど、 こうして書き続けてゆくことが、 暮らしのディーテイルを見つめ直すきっかけとなれば、 それはとても嬉しいことです。 ・引用文「声をみつけるのよ」 青柳祐美子 文芸別冊 追悼特集 須賀敦子より |
パネトーネの包みを開けました。
ドライフルーツがたっぷり入ったこのパンは イタリア伝統の味。 クリスマスはじめ、イースターやバレンタインにも欠かせない パンなのだそうです。 私もクリスマス前に買っていたのですが 焼いてから一月後くらいが一番美味しくいただけると聞いたので これまでじっと寝かせて待っていました。 噛みしめると、ほんのりした天然の甘みが口に広がります。 包みについた赤いタグにはHAPPY CHRISTAMS!の文字。 見慣れたこの文字が 知らない外国語のようにも、 古い絵本のタイトルのようにも感じてしまう、この不思議。 クリスマス・・・・かあ。 ほんの少し前のことなのに、その楽しい響きはすでに遠い昔のことのよう。 そう、これはいつだってこの時期におぼえる不思議な感覚です。 年が明けるまでと明けてから。 ただカレンダーの上での違いしかないにもかかわらず 元旦という一日を超えるだけで どうして 流れる冬時間の気分や気配がこうも違うのだろう・・・。 クリスマスカラーに代表されるどこか華やいだ12月は遠く、 しんしんと厳しい寒さがつのるモノクロな1月。 どちらもそれぞれに好きなのだけれど。 灰色の空からは 今にも雪が降りてきそう。 冷えきった空気で鼻の奥がつん、とする。 時おり 吹きつける風。 「強い風だね」 「かぜは どこからくるの?」 着膨れした娘を抱き上げると、 その頬は 小さい子特有のほのかにあまい香りにしっとりとしている。 鼻腔をくすぐるその甘さは、あたかもパネトーネの生地ような心地よさで 訳もなく可笑しくなって笑いだしてしまう私、つられる娘。 さあ、おうちに帰ろう。 薬缶を火にかけて、パネトーネを切ろう。 |