Blue willow のある食卓
ーEveryday with Bluewillowーー
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コロナにかかったことを皮切りに 娘の大学卒業と引っ越し、 新年度のあわただしさに4月を見送り、 母の3回忌の法要。 中学三年生になった息子の 修学旅行と体育祭が立て続けに。 なんだか、息つく間もない春でしたが 気がつけば5月最後の日曜日。 庭の緑は眩しくしたたり、 窓からは気持ちのよい風が吹き抜けていきます。 社会人となって二ヶ月の娘が 休日の朝食の一枚を送ってくれました。 彼女のblue&whiteな食卓。 お皿は、以前からチェックしていたお店まで買いに行き、 マットは赤坂蚤の市で出会ったものだとか。 新しい土地で、ひとつ、ひとつ、 身の回りを整えて生活してゆくことが 楽しくて仕方ない様子です。 そういえば、私もこの春、 新しいグラスを買ったのでした。 ずっと惹かれてはいたものの、 購入までは至らなかった形のグラス。 思えば、ここ20数年、 食器類を買う時には 家族分を「揃い」で選ぶことがほとんどでした。 でも、これは1客だけ、 私だけのグラスです。 なんだか、こんなの久しぶり。 カラン。 氷が軽やかに音をたて 心にも薫風が吹き抜けていくようです。 ちなみに、上京してすぐ、 つまりは食器を買いに行くより前に、 羽田空港まで(自転車で!)写真を撮りに行ったという娘。 今日も今日とて、飛行機撮影に出向く予定だとか。 これで何回目だっけ? 入社後はじめての仕事も 空に関係するデザインだったとのことで ONもOFFもなかなかの滑り出し。 今頃、大砲みたいなカメラを背負って えっちらこっちら、ペダルを漕いでいるのでしょうか! どうか、湾岸にも気持ちのよい風が吹いていますように。 (2024.5.26) 文房具売場、 今日も私は迷っている。 一冊のノートを前にして 買おうか買うまいか迷っている。 迷ってはいるけれど、 こういう時は、たいてい買うことになるに決まっている。 それでも悩むのは、やはり「使い道」が決まっていないのに それを欲してしまう自分に 一応、ブレーキをかけようとしているのだ。 結局のところ、でも、 強く惹かれるノートに出会ったときには その引力に抗えない。 そんなことをどこかで書いたような、と思ったら 2011年に書いてた、書いてた。 「惹きつけられるように手に取ってしまうノートには いつか書かれるべきことが すっかり決まっている気がする。 ノート自身が書かれるべきなにかを知っているというか。 すでに物語の書きつけられた本よりも 時に、それは物語であるとさえも。」 なあんて、もっともらしく。 ちなみに、2011年当時は「書かれるべきこと」を待っていた 二冊のノート、 13年経った今は、このようになりました。 東欧の布張りノートは、 常備菜やお弁当用のレシピ帖として現役活躍中、 ほどよい大きさで、ノドまでしっかり開くから、 狭いキッチンでの調理中にも大活躍。 紙はたわみ、ほつれ、シミや汚れも多数。 かなり貫禄がついてきています。 一方、横長のNotebookは はじめの数ページのみ、英作文の練習に使っており あとは未だ、白紙。 残念ながら、 こちらは、まだノートとしての人生を!?全うさせてあげておりません。 これから、残りのページは埋められていくのでしょうか? (今後ちゃんと学習を続けるのでしょうか、私。) すべては、紙のみぞ知るわけです。 布張りのレシピノートに記した配合で きのこと豚肉の当座煮を。 日曜日には、翌日からのお弁当のために 少しばかり下準備をします。 ちょっとしたおかずと、 後日さまざまに展開ができるように 蒸しブロッコリーと、茹で卵。 まあ、せいぜいそれくらい。 でも、平日の朝には「それくらい」に 大いに助けられています。 (2024.4.20) |
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